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灰笛続き 11月29日 2つ 1323 情熱の出所は意外にもどうでもいい所に集約されている

 魔法使いはどうやら緊張しているらしかった。

 相手の敵意を察している。何かヘタを働けば、その瞬間に自分の意識は途切れる。

 時代に見捨てられた王族が断頭台に導かれる瞬間。民衆と王族の抱く緊張感は命が終わる瞬間の時を経ても交わることは無い。


 今がまさにそうだった。ハリ先生の抱くストレスと俺の不快感は根本から異なっていた。

 ハッキリ言ってしまえば、先生はいま古城の魔術師に命を狙われているのであった。


 取引が行われている。


「渡してもらおうか」

 

 エミルは拳銃……のような形状の魔法の武器を右の片手に、左の手で魔法使いに向けて要求をしてきていた。


 古城の魔術師の空っぽの片手を埋めあわせる品物。

 その正体を俺を含めた魔法使い側の思考はすでにいくらか把握していた。


「分かりました」


 正しいと思われる選択肢を選んでいる。

 ハリ先生は怪獣の体のままで姿勢を正している。


 この場合の訂正と言うものは人間を基軸とした所作とは大きく異なっており、ハリはあくまで猫に類似した肉体に準拠した動作を意識しているようだった。


 草原に腰を落ちつかせたままの格好の俺は、この時になっても悠々と魔法使いの様子をそれなりにくわしく観察することが出来た。


 黒猫のような姿であることはすでに理解している。

 大きさはやはり異常さを含んでいる。

 成人した男、百七十センチの全長を縦に並べたらちょうど魔法使いの姿、怪獣の姿の大きさに当てはまるかもしれない。

 あるいはもしかするとそれよりももう少し、もう一回り大きいかもしれないが、詳しいことは実際に子細に計ってみないことには判別できないだろう。


 いずれにしても大きさそのものについては大した問題はないように思われる。

 と言うのもこんな世界、そこいらじゅうに人喰い怪物が跋扈(ばっこ)している世界なのだ、人間よりも一回り大きい怪獣がなんだというのだ。


 事実、俺達は先ほどまで古城の収容されていた(おぞ)ましき怪獣、異形と戦ったばかりなのである。


「そう言えば、あれからどれだけ時間が経過しましたっけ?」


 ハリの質問にエミルが答えている。

 

「ああ、えっと……──」


 エミルは簡単に数えられる概算を伝えている。

 それを聞いた、耳にした。


「はああッ?!」


 俺は驚いた。


「うわあ? どうしたんですルーフ君?」


 傍から見ればいきなり叫んだようにしか見えない。

 俺のことを黒猫の姿のハリがいぶかるように見ている。


 麦藁色(むぎわらいろ)の左目が怪しんできている。

 俺は慌てて弁解をする必要性に駆られていた。


「い、いや……なんでも無……──」


 無いという訳では無かった。

 むしろ有りよりの有り、有りまくりの問題であった。


「──無い、……無くはない! ……大問題だ!!」


「まあまあ落ちついてください、ルーフ君」


 黒猫の怪獣にたしなめられている。

 しかし先生の(とが)め立ても俺の耳には半分程度しか届いていなかった。


「やべえよ、そんな長時間気ぃ失なっとったんか、俺……」


 子供(ガキ)の理想的な睡眠時間を軽くクリアしてしまえるほどの時間。

 時の経過の質量に打ちのめされれている。


「まあまあ、気にしないことですよ」


 ショックを受けている俺のことをハリが励まそうとしていた。


「理由はしっかりと存在しているのです、ならばある程度の言い訳だって出来ましょう」


 ハリはそう言いながら鼻の先を少し上にする。


 雨空、灰笛(はいふえ)と言う名の都市の上空を覆う雨の気配。

 黒猫の姿の魔法使いの体毛が雨の雫に濡れる。

 

 黒真珠のようにしっとりとした輝きを放つ体毛、背中には不自然な膨らみがある。

 ……否、それはただの肉の塊では無く、ただ空を飛ぶことを可能とする器官のひとつでしかなかった。


 黒い羽が生えている。

 春日(かすか)と呼ばれる鳥の特徴を肉体に宿した獣人の一種がもつ飛行器官と類似しているもの。


 妹がもつ翼ととてもよく似ている。

 ただそれは鳥類に与えられた柔らかさと言うよりももっと別の、「普通の人間」とは異なる性質を持っていた。


 妹のはもう少しフワフワ? ふーかふーか? な感触。……クソ、どうにも言葉にしづらくて仕方ない。

 俺は黒猫の背中に妹の気配を覚えそうになり、慌てふためきながら連想を雑に切断している。


 密かに慌てふためいている俺のこころなど露知らず。

 仮に知っていたとしても、ハリにとってそのような動揺はあくまでも他人事でしかない。


 そのことを自動的に証明するかのように、魔法使いの持つ怪獣の姿が実体を揺らめかせ始めていた。


「んるる」


 喉の奥を鳴らす。

 黒猫の鳴き声に呼応して、その頭部に生えているツノが共鳴している。


 そう、その怪獣には角が生えていた。

 処女しか受け入れない幻の獣、一角獣のように幻想的な気配を有したツノ。


 硬い器官が、黒猫の姿を模した怪獣の神性を一段階上へと運ぶ、演出させる効果を持っていた。


 もしかすると伝説上の竜にも等しい、強い意味を持っているのではなかろうか?

 俺は期待した。


「おえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」

 

 しかし、俺の期待は外れることになった。

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