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灰笛続き 11月29日 1つ 1322 囁くように愛撫して欲しいんだ

「いよおぉぉぉーーーおッ!」


 魔術師は叫んでいた。例えば歌舞伎などの舞台芸術の観客が発するかけ声のように、それは魔法使いに対する賞賛と応援の気持ちがあったのだろう。

 果たしてそれが魔法使いに、ハリと言う名の漫画家先生殿に正しく伝わったかどうか、その辺についてはまた別の問題になってしまう。


 ともあれ、とにもかくにも魔術師は巨大な黒猫のような姿に変身しているハリ先生めがけて飛びかかってきていた。


「ふにゃっ?!」


 ハリ先生は魔術師の行為を瞬間的に攻撃的な、あるいはそれらに類する行動として判断、判別していたらしい。

 まあ……そう考えるのも致し方ないとは俺も思う。

 そこそこに身長がある、必要を超える領域まで無事に成長し終えた人間。その背丈が屈託なく飛びかかってくるという状況は、もうそれだけである種個人の精神力と正常さを揺るがす攻撃方法と呼べる。


「わー!!!」


 魔術師は叫び声をあげている。

 もはや奇声と呼ぶにふさわしい領域にまで達した力強さにて、巨大な黒猫のような姿になったハリ先生の体にまとわりつている。


「モフモフモフモフモフモフモフ……

 もふもふもふもふモフモフモフモフ……

 もふもふもふもふもモフモフもふモフモフモフ……」


 両腕を使い、魔術師である彼はハリ先生のことを撫でくり回していた。


「んぎゃあああっ?!」


 脈絡のない過度なスキンシップにハリ先生は悲鳴をあげる。そして俺は茫然とその様子を寝転がった姿勢の上層にて見上げるのみであった。


「モフモフモフモフモフモフモフモフモフ……──」


「止めいっっ!!」


 先生がようやく魔術師の奇行に対する対応を思いついていた。

 巨大な黒猫のような姿、肉体を跳ねるように起こしている。


「おっと」


 魔術師の彼は動作にすぐさま気づいていた。

 魔法使いのふわふわでさらさらの黒い体毛に密着させていた腕や手、指先の形はそのままに、魔術師は両足を使って退避行為をしている。


 一歩二歩、三歩。

 ただ後ずさるだけだというのにその所作はどこか伝統に基づいた舞、ダンスの始まりを予感させる軽妙さを内包しているような気がした。


 気がしただけで、確信的な情報があるわけではなかった。

 ただ何となくそう思っただけで、核心に迫るにはまだまだ情報が足りなさすぎている。


 だがどの道俺がこれ以上魔術師の動きを観察することは現状不可能であった。

 なぜなら先生が起き上がったと同時に、俺の頭部を含めた前身は湿った草原の上に落下と言う形で放り出されているからであった。


「うぐ……」


 枕の代わりにしていた支えが消失したため、俺は古城の一部である中庭の草原に体を落としている。

 地面は思いのほか硬い、しかも雨によってぬかるんでいる。

 後頭部のうねる髪の毛の一本一本に泥の雫が纏わりつく、不快感は落下の衝撃と共に梱包されて俺の意識を丁寧に押し潰していった。


「あ……っ!」


 俺の体が地面の上に転げ落ちている。

 それを見た、自分の失態に気付いた先生が申し訳なさそうな声音を発していた。


「すみません! ルーフ君のことを忘れていました」


「いや、大丈夫っすよ……」


 相手が尊重すべき相手であれば、多少の損害も微笑みと共に受け入れられる……。

 ……と言いたいところだが、まことに残念なことにそこまでの悟りには至れそうにない。

 痛いものは痛いのだ。


「嘘おっしゃい」


 ハリが俺のことをのぞきこんできている。


「涙目の涙声ではありませんか」


 ハリは黒猫の姿のままで自分の顔を俺の頭部に近寄せてきていた。


 黒猫の鼻腔が「ふすす……ふすす……」と俺の髪の毛の匂いを嗅ぎまわしている。


「……………」


 鼻息が毛髪をくすぐる。

 フンフンと生温かい鼻息が毛先をフルフルと震わせてくる。

 笑いたくなるような感覚、体の中心に抗いがたいムズムズとした感覚を抱きそうになった。


「エミルさん……」


 笑いそうになる寸前で鼻息が止まる。

 匂いを確かめ終えたハリが魔術師の名前を呼んでいた。


「いけませんよ、ルーフ君に怪我をさせてはなりませんよ」

 

 ハリは獣、ないし怪獣の姿のままでエミルのことを叱責している。


「直接の原因はお前さんにあると思うんだがな」


 黒猫のような怪獣の姿にとがめられた。

 エミルと言う名前の魔術師はハリと一定の距離を保ったままで、怪獣の姿の魔法使いに反論をしている。


 それはそれとして、まずもって優先しなくて張らないことがまだ沢山あるらしかった。


「ともあれ、喰ったものはちゃんと返してもらうぜ」


 よく見るまでもなく、観察眼を働かせる必要性もなく、エミルはその腕に銃を抱え込んでいた。

 

 腕力が弱い女でも使いやすそうな形状をしている拳銃。

 少し変わっている事があるとしたら、グリップのところに木材が組み込まれている。


 エミルは拳銃を右の片手に携えている。

 指は、引き金には触れていない。


「まさか飲みこんではいないだろうな?」


 体を起き上がらせる。

 とりあえず上体だけは自力でも動かせられる。


「何をおっしゃいますやら」


 頭上から魔法使いの声が聞こえてきていた。

 声音は、予想していた以上に低く響いてきていた。

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