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灰笛続き 11月26日 1321 思い出したのは肉と皮膚と骨の歩く姿

「意識を失った。例えばトラックに轢かれたり通り魔てき犯罪者にナイフで刺されたり。

 とにもかくにも意識を失って、その後に意識を再び取り戻した。

 その際にやるべきことは、それはもう沢山あるんだよ、王子さま」


 そう俺に教えてきている、声は祖父のものだった。

 もちろん本物の音声ではない。これはただの幻聴であって、本物の肉声という訳では無い。


 俺の意識が、こころが想像する音声。想像力によって構築される声は、しかしてどうだろう? なかなかに高クオリティのリアリティを持っている。


 もう此処にはい無いひと。この世界からいなくなった意識、こころ。

 それがどうしてこうも現実に生きている、生きるしかない俺に向けて助言をしてきているのか。


 答えは、まあ、それなりに明確なものである。

 俺は死にかけたのだ。

 たしか……暴走した怪獣と戦ったはずだ。


 怪獣と呼ばれる存在。

 元々の材料はこの世界に生息するニンゲンである。

 しかし魔力の過度な増幅、つまるところの暴走によって人体の正しい形状から著しく脱してしまう。

 

 現象はすなわちこの世界において一種の症状、病気と為されている。


 だからこそ怪獣はこの古城にいたのであった。

 古城と呼ばれる建物、組織、機関。

 分かりやすい言葉で例えるならば「病院」と呼ぶべき場所。

 それがこの世界、とりわけ灰笛(はいふえ)と言う名前で呼称される土地における常識的知識であった。


 ともあれ俺は自分の状況を確認している。

 

 まずは頭、脳みそについて。

 これはもうすでに解答は出ているに等しい。

 なんといっても今、この瞬間、俺は考えているのだ。思考を持っている。


 「果たしてこの思考が本物であるのか?」と言う哲学的思考が強迫観念のように心臓を生温かく舐めてきたような気がしたが、これはもう無視するしかない。


 両手両足も無事にうごく、どうやら体は健康なようだ。

 良かった。

 …………。


「…………ん?」


 いや、違う。おかしいのだ、大きな間違いがある。

 五体満足だなんて、どうしてそんな現実が俺に許されているというのだ?


「……!」


 考えるよりも先に体を動かしている。

 状態を難なく起こし、俺は自分の下半身に視線を向けた。


「あ! ちょっと!」


 大きな黒猫が俺に向けて叱責を行おうとしていたが、しかしこちらにはそれを聞いている余裕などない、まったく。


 俺は自分の足を見た。

 そこには右と左、それぞれにきちんとした機能を勤勉に務めている歩行のための器官が揃っていた。


「足がある!」


 思わず叫んでいた。

 自分の声。

 肉声は震動と唾液の湿り気をたっぷり含んでいる。幻聴とは大きく異なっている。


 その証拠と言わんばかりに、叫び声をあげた俺の肉体はいよいよ本格的に痛みを再認識し始めてしまっていた。


「いぐ……ぅ?!」


 痛いだとか苦しいだとか、拳固化するにはあまりにも情報量が多すぎる感覚の変化。

 その質量に思わず捕食されかけの雨蛙(アマガエル)のような悲鳴をあげてしまった。


 どさりと倒れ込んだ。後頭部は土の硬さには触れなかった。

 そのかわりに、黒猫の腹に生えているまっくろでふーかふーかとした体毛が重さを受け止めてくれていた。


「こらこら」


 大きな黒猫が俺のことを静かに叱っていた。


「まだ治療が完璧ではないのですよ? いきなり動いて叫び声なんかをあげたら、治るものも治りませんよ」


 大きな黒い猫が俺に注意喚起をしてきていた。

 紛れもなく、間違いなく人間っぽい音声で話しかけてきている。


 俺は黒猫の腹に顔を埋めたままで、とりあえず予想できる範囲内にてその黒猫のことを意味する名称を口にしていた。


「何が起きたのか、まったくもって分からねえんだよ……なあ? ハテナ先生」


 名を呼んだ、その途端黒猫の体毛がことさら割増しでぶわわ! と膨らみを増していた。


「んぐるるる……「仕事」外でその名前を使わないでくださいよ、ルーフ君」


 名前について、相手の求める用途とは異なる使用方法を選んだ。

 のは、どちらかと言うとわざとらしい素振りに近しい気配を持っている。


 ともあれ相手に、それも尊敬すべき先生に不快感を与えてしまったことについては謝らないといけない。


「すいません、ハリ先生」


 正しい名前を使ってもなお、大きな黒猫の姿になっているハリは声音に気まずさを含ませ続けていた。


「んるる……ボクとしては「先生」の方に違和感を覚えるのですが……」


「違和感と言えば」


 これ以上呼び名、名前についての論争を重ねても仕方のないこと。

 選択肢を一つ棄てたあとでも追及すべき内容はまだまだたくさん目の前に転げ落ちていた。


「どうして? 先生まで怪獣に変身しちまっているんだよ?」


 俺の問いかけにハリが答える。


「ルーフ君が爆発魔法を使った後に、ボクが怪獣になって患者さんの意識を一旦停止させる必要性があったのですよ」


 そういいながらハリは相貌(そうぼう)を別の場所へと差し向けている。


 その視線を追いかける。

 するとその先にはもう一匹の怪獣が草原の上に転げ落ちているのが確認できた。


 動かない、冷たくなった怪獣の近く。

 たたずむ人影がこちらを向く。


 青色を持つ左の肉眼が俺と先生の姿を捉えていた。

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