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灰笛続き 11月25日 2つ 1320 玉突き事故におやすみなさい少女 雨降りの季節、古城散策の場面

 メイは怒っていた。しかし怒り狂っているという訳では無かった。

 不安に対しての正体の見えなさ、判別が出来ない状況に苛立ちを覚えている。

 すこしだけイライラしている。そう片付けることも出来る。その程度の感情の動きである。


 しかし確実に感情の熱は存在していた。

 メイは自分の体表、例えば枯れ枝のように細い腕の表面をフワフワとおおう白色の羽毛が、自分の意識に反してブワワと膨らむのを視界の片隅に視認していた。


 魔女の怒りを知ってか知らずか。他人の思考を読むことのできない、ただニンゲンでしかないキンシにはあずかり知らぬ内容でしかない。


「僕は」


 だが仮に知っていたとしても、すでに答えは魔法使いの少女の頭の中に決定されているようだった。


「僕は独りでいることの方が好きですね」


 システムを否定している。少なくとも同化することは望んでいない。


黄昏(たそがれ)るのが好きなんです」


 状況や状態についてを意味する言葉をキンシは自分の行為を意味する言葉として使っていた。


「独りで自分の考えを頭のなかで密かに丸めたり、こねたり、千切ってこんがり焼いたり。

 それができなくなるのは、少しだけ困りますね」


 人間の自由意思を奪う楽園よりも、自分の心の中に秘める小さな小さな、無意味な偽物の庭園を好む。


 例えばこの少女が世界、とまでは行かず社会や会社でもいい、ある一定の集団を管理するなにかしら。

 それらに該当する場合にはおよそ地位に相応しくないであろう、あまりにもわがままな主張を行っていた。


「なにより、僕は誰にも知られないところで自分の好きな世界を小説に書くのが好きなんです。

 システムはそれを許してくれますかね?」


 問いかけられた。

 メイはそれに自分の考えを答えとして返す。


「そうね、そんな無駄で馬鹿げたことは許さないと思うわ」


 キンシは子猫のような耳をペタリ、と平たくしている。


「んるる……悲しいですね」


 魔法少女は自分のことを憐れんでいた。

 哀しむだけで、ただそれだけのことだった。


 考え事をし過ぎた。

 メイは三秒後にまた別の後悔を抱くことになる。


「きゃあ?!」


 メイは悲鳴をあげた。

 その時点ではすでに手遅れであった。


「うえ?」


 キンシがハッと意識を現実に引き戻している。

 夢見心地になっていた、そんな最中にも悲しくも足はアクセルを律儀に踏み続けていた。


 だから前進する。

 車はスピードを以て前方へと進み、やがて遠く離れていたはずの物体へ接近することに成功していた。


 機械の成功はすなわち魔法少女の失敗である。


「うわー?!」


 キンシは眼前に広がる光景に恐慌する。

 先ほどまで遠くにかすんでいたはずの先行車の姿が眼前いっぱいに広がっていた。


 赤色のテールランプが獲物を捕らえた肉食獣のようにきらめいている。


 …………。

 いや、違う。メイは考えをあらためる。


 この場合加害者になるのはこちらがわなのだ。


「うわー! 右右右!」


 傷をつける側に回ってしまった。

 すでにメイは覚悟を決めるより他はなかった。


「ああー!!!」


 衝撃が車内を包み込んだ。魔法少女の悲鳴が虚しく響いた。


 …………。


 虚しさが同調をしたような気がした。

 目が覚めると、気が付いたころには夜になっていた。


「おはようございます、王子さま」


 見上げるとそこには大きな黒い猫がいた。

 …………これは比喩的な表現ではない。残念ながら俺にはそのような文学少女じみた表現方法の仕方など持ち合わせていなかった。


 倒れこんでいる、上を向いて丁度猫のあごの辺りが見えていた。

 黒色のふかふかな体毛に包まれたあごのにいくつものきらめきが瞬いている。


 星が瞬いているのかと、俺はそう思いそうになった。

 

 だが違った。此処の空には雨雲しか広がっておらず、であれば何が光っているのかと言うと、それは大きな黒猫のヒゲが周辺の光を反射したものであるらしかった。


「お元気ですか? 王子さま」


 大きな黒猫が俺のことを気遣ってきている。

 鉄の国の成人した大人の身長を二つ掛けあわせたかのようなサイズ感の黒猫。


 俺は首を少し左にかたむける。

 少し動くごとに全身の筋肉が、まるで古ぼけた中学校の廊下のようにミシミシと悲鳴をあげているかのような苦痛を伴う。


「まだ無理をしてはいけませんよ」


 巨大な黒猫のようなものが俺にアドバイスをしてきていた。


「ダメージの回復がすべて終わっていません。もうすこし、良い子に大人しくしていてくださいね」


 まるで幼児を寝かしつけるかのような、子守唄のような音程にて、黒猫のような誰かは俺の動きを止めようとしている。


 言われなくとも、俺はここから動くつもりはなかった。

 というか、動けないのが実質のところの問題であった。


「えー……っと?」


 体が段々と痛覚を思い出そうとしている。

 苦痛が肉体を個別として確立する意識のほとんどを支配しようとしていた。


 惨痛に苛まれる前に、それよりも前に俺は自分が置かれている状況を即座に理解しなくてはならない。

 その必要性があった。


「んるる、んるるる」


 喉の奥を鳴らしている、黒猫の音色を聴きながらまずは情報収集に徹する。

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