灰笛続き 11月25日 1つ 1319 ありえるかもしれない世界についてのあれやこれや
「ひゃっほおぉぉぉ~い♪」
エリーゼが歓声をあげている。
「チョースリリングってカンジなんですけどー♪」
「笑いごとじゃないわ……!」
メイは視線の方向を固定させたままでエリーゼに反論をしている。
事実、状況はかなり深刻なものであった。
「あくせるってなんですか?」
古城までの道すがら、どういう訳か車の運転をキンシに任せることになってしまったのだった。
「シッタイだわ……」
メイはおのれの意識を省みる。
「エリーゼさんがわざわざ、本物の魔術式を見せてあげると、そう提案してきたじてんでこの展開は把握できたじゃない……」
魔法少女の好奇心、探究心の色々な感情をいとも容易く利用する。
メイは魔術師の狡猾さについて憎しみを抱き、なにより自分自身の至らなさを何よりも憎悪せずにはいられないでいた。
怒りに震える。雪のように白い羽毛がブワワと膨らみ、メイの肉体の面積が僅かに増幅する。
白色の魔女の怒りを他所に。
「実はこの前少し困ったことがあってさぁ~」
「なんですか? どうしたのですか?」
なんということだろう。
キンシとエリーゼは談笑のようなものを繰り広げているのであった。
「しらない? バルン症候群ってやつ」
「んる……名称だけなら聞いたことがあります」
パッパッパー! と盛大にクラクションを鳴らされながら、警告の音色をバッググラウンドミュージックに乙女たちが世間話をする。
「このまえ朝起きたらビックラぽん。車が駐車場の地面から三十センチほど浮かんでいていたんだ~」
エリーゼは後部座席にぬくぬくと座りながら、最近に起きたささやかな災難についてを思い返している。
「まともに魔術式が動かなくて、おかげで遅刻寸前よぉ~」
「それは災難でしたね」
キンシはすかさずエリーゼが体験した事象についての考察を深めようとしていた。
「バルン症候群。確か魔力の回路の異常から発生する、飛行能力の暴走状態のことでしょうか?」
とりあえずアクセルを踏んでいる。ただそれだけ。
この鉄の国における交通ルールは今のところ違反していない、今のところは。
「魔力において発生した異常事態が、本人の意向に反して不必要な飛行および浮遊能力を付与してしまう。
例えば風邪を罹患した際に脳が熱をもってウイルスを排除するように。
それによって意識に強い不快感をもたらすとしても、たとえ人間が意識を主たる存在として自己を確立したとしても、肉体にはまた別の本能と呼べる機能が最優先される」
キンシはどうやらかなり興奮しているらしかった。
それもそのはずだった。
少女はいま生まれて初めて車の運転をしているのだし、それに加えて魔的な事象についての実例を書き加えられようとしているのである。
ただ本で読むのではない、それだけでは得られない新鮮が数多く広がっている。
本物の情報があまりにも沢山目の前に転がっている。
手つかずの海岸線でたっぷりと肉を肥えさせた貝類を採取するように。
そしてそれを海沿いで炭火焼するかのように、熱々の料理を目の前にしたかのように、キンシの口の中はたぷたぷと唾液に満たされていった。
「であれば、車に内蔵した魔術式においても、この世界のニンゲンが発症する異常事態と同様の不具合が生じる。
これはつまり、我々が車と言うシステムとほぼ同様の意味を有しているということになるのでしょうか?」
「車と人間はちがうわよ?」
キンシの主張しようとしている内容について、メイは思わず反論をせずにはいられないでいた。
とりあえずのところ周囲の安全は確保されている……とは思う。
前方に走る……もとい飛行をしている車が一台あるが、まだ距離はかなり保たれている。
このままいきなり衝突事故を起こす心配はないだろうと、メイは自身の内層にそう判断をくだしていた。
「そうとも限りませんよ、メイお嬢さん」
ハンドルを握る、メイはキンシの白っぽい指の屈折を見ている。
「機構が人間と密接につながる時、そこに互いの意味を区別する境界線がはたして重宝されるべきか否か。
僕はときどき考えるんです」
キンシは夢の物語を語る。
「システムが完全に人間の意識を飲み込んだ時、完璧に意識を制御すれば、きっとそこには楽園と呼べるであろう世界が完成されるのですよ」
「……」
メイはすこし考える。
「ちょっと前に、その考え方と同じようなことを願う男にであったわ」
「おや? それは興味深いですね」
キンシの関心を満たすように、メイは知っている情報を少女に伝えていた。
「とても紳士的な方だったわ。世界の人類がすべて彼のようになれば、きっと世界はもっとよりよくなる」
そこまで語った所で、メイは声音をくるんと変身させる。
「そう考えたくなるほどには、反吐がでるほど良いヒトだったわ」
「んるる、ますます会ってみたくなりました」
メイはキンシ確認行為をする。
「キンシちゃんは、システムが完全に人間と同化することを望んでいるのかしら?」
そうしたくなるのは、少なからず魔女のこころの内に不安が膨らんでいるからであった。
 




