灰笛続き 11月24日 1つ 1316 甘い匂いは時間の経過を忘却させる
叱られることは充分に予想することが出来た。当たり前だった。ただ自分の、個人的な不快感を払拭することだけを目的として魔法を使ったのである。
そんなこと他でもない、「キンシ」と言う名前の魔法使いの少女が許すはずもなかった。
「トゥーイさん……!」
キンシはトゥーイのことを睨みつけている。
丸っこい形のレンズの奥の右目、虹彩は攻撃の意識にきらめいている。
自由を寿ぐ女神の頬を覆うアタカマイトのように緑色が敵意に燃える。
瞳孔は縦に細長く縮小され、視力は魔法使いの青年の動向を観察するために機能を消費しようとしていた。
魔法少女に睨まれている。
しかして問題を起こした当の本人であるトゥーイとは言うと。
「…………」
なんとはなしに、形容しがたい喜びに胸をあたたかくさせているのであった。
「……………」
ウフフウフフと笑っている。なにがそんなにおかしいのかと、キンシは問いかけそうになる。
「だめね、キンシちゃん」
しかし魔法少女が実際に問いを投げかけようとするよりも先に、まずもってメイが青年の心情をうまく理解できてしまえているのであった。
「どうやらあの子は、あなたに自分の仲間としてニンシキされていることが、そのことのほうが、ずっと嬉しくて気持ちがいいと思っているにちがいないわ」
根拠と呼べるものはない。ただ何となく、「こう考えているんだろうな」という想像力だけがメイにアドバイスのための言葉を繋げていた。
「なんてこったい~」
エリーゼが悲劇的な声音を使ってみせていた。
「これじゃあまるで、アタシが可愛いお姫さまをいじめた悪役令嬢で、ヒロインのピンチに駆けつける王子様にとっての当て馬てきなポジションに落ちついちゃうってカンジー?」
魔術師の嘆きについて、メイはわざとらしく驚くような素振りを作っている。
「あら、はなからそのつもりじゃなかったのかしら?」
白色の魔女からの追及について、エリーゼははぐらかすように笑みを浮かべるだけだった。
「まあ? なんにせよ、アタシはしばらく運転できそうにないってカンジー……」
エリーゼはうなだれるように、キンシの太ももの上に頬を寄せている。
「マジもんの魔法使いの魔力を喰らっちゃたから~、しばらく動けないぃ~」
おふざけをするような素振りにて、エリーゼはなんの気はなしにキンシの太ももに頬を寄せている。
少し丈が長めのホットパンツからのぞく両足。
ニーハイソックスからのぞく皮膚の部分、布の圧着によってぷっくりとした凹凸がうまれている。
境い目の部分に左の片側の頬をくっ付ける。
そうすると。
「あ、あれれぇ~……? なにこれぇ~……?」
形容しがたい柔らかさが魔術師の意識に例えようのないよろこびをもたらしていた。
「ほど良い反発力ぅ。硬くも無ければ柔らかすぎることもない、ツヤツヤの質感は並みの低反発枕じゃ醸し出せない生々しさぁ~……?」
少女のひざまくらに癒されそうになっている。
堪能しているエリーゼの背後。
「…………」
トゥーイがいよいよ敵意剥き出しにて、今度こそ忌まわしき魔術師の意識を断絶せしめんとしている。
右の腕を伸ばして、指先に紫色の魔力を凝縮しようとした。
「まあまあまあ」
怒り狂う青年をなだめているのはツナヲの声音で、彼の左手が左側に荒ぶる若き魔法使いの腕へとそっと伸ばされている。
「落ちつきなされ、ただの乙女たちの戯れだよ」
少なくともそのさきに広がる会館までは至らないのだろう。ということ、それぐらいの事ならばトゥーイにも充分に理解できていた。
そのつもりだった。
だがそれを念頭に置いたうえで、トゥーイは新鮮なこころ持ちで魔術師に対しての憎しみを更新し続けていた。
「やれやれ、当て馬に見事に引っかかる種馬とはこのことか……」
しかしツナヲは自分の選んだ単語に違和感を抱く。
「……いや? 状況的にはエリーゼ君が噛ませ犬。しかし犬と言えばやはり、このふわふわの耳は捨てがたい」
考えながら、思考を解きほぐすついでにツナヲは青年の耳に触れている。
低温で焼き上げたパンの裏側のように白い、柴犬のような聴覚器官は相変わらず魔術師の方に固定され続けていた。
「んるる……」
困ったようにしているのはキンシの姿だった。
トゥーイを叱責するべきか、あるいは酩酊するように倒れかけてきているエリーゼの対応を行うべきか。
一体全体どれ彼手を付けるべきなのか。何もかもが分からなくなっていた。
「ハスハスぅ、ハスハスぅ」
混乱しきっている魔法少女に追い打ちをかけるように、エリーゼは今度は少女の表面の匂いを嗅ぎまくっているのであった。
太ももからさらに上、あれよあれよの内に股関節、鼠蹊部の辺りまで鼻腔を至らせている。
「ん……」
キンシがくすぐったさに、かすかな不快感を抱いている。
少しでも体を動かせば、そうすれば魔法少女は魔術師の生命活動のほとんどを停止させることが可能だった。
簡単なことだった、急所はあまりにも判りやすく目の前に広がっているのである。
しかし少女は彼女の行動を止めようとはしなかった。
 




