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灰笛続き 11月23日 1つ 1314 バターは冷たくしたらレーズンを混ぜましょう

 雨が降って地面をしっとりと濡らす。アスファルトの微かなくぼみが水で冷たく埋め尽くされていく。

 水たまりが雫の波紋を描く。水面に生まれた小さな波は互いに影響し合い、やがて大波となる。


 (よど)みはやがて魔術師のこころに確信を抱かせていた。


「ちょっと失礼、失礼~」


 なにを考えているのか、エリーゼはとりたてて特別な前ぶれもないままに車を減速させていた。

 操縦者の意識に従い車がスピードをゆるやかに落として言っている。

 

 車のエンジン部分が低く唸る。浮遊および飛行を可能とした能力を得るための魔術式を搭載したエンジンは、灰笛(はいふえ)の路肩……? と呼べる空白に一時停止をすることになった。


「馬車が通らないなら(みち)って言い方も間違っていると思うんだけどさあー」


 言葉の使いかたについて、エリーゼが何とはなしにキンシの方に問いかけてきている。


「そのへんどう思う~?」


 エリーゼの言う通り、車は地面と繋がった路のうえに停止したという訳では無かった。

 魔力鉱物によって浮かぶビルとビルの間、本来だったらトラック二台分が余裕を持って通過することのできる程度の空白。

 

 しかしながらそこに地面は無く、あるのは空、あるいは虚空としか表現することのできない空中ばかりであった。


「んるる……たしかに言葉遣いに関しましては、僕も常々疑問に思っている所存でしたよ」


 図らずして賛同者らしきものに出会ったことが、キンシにえもいわれぬ安心の気配を抱かせているらしかった。


「現状つかわれている言葉の数々、それらの多くが全然に流行していた科学文明の影響を受けているらしいのですよ」


 本で知った内容をここぞとばかりに発揮せしめんと、キンシは瞳をキラキラときらめかせている。


「魔力に頼らない生活がどのようなものであったのか……。僕にまるで想像がつきません……!」


 ここにはいない、もうすでに許されることの無い世界観が魔法少女を一瞬にして空想の甘さへと誘いこんでいっている。


「あら、でも、ツナヲさんは戦争の記憶を持っているのよね?」


 うっとりとしているキンシを横目に、メイはツナヲの方に確認を求めている。


「だったら、まだ魔力に完全に染まりきっていない世界の形を知っているんじゃないかしら?」


 白色の羽毛を持つ魔女からの問いかけ。

 それ対してツナヲはいくらか残念がる風に、長い形の聴覚器官をペタリと低くしていた。


「質問に答えたいのは山々だけど、残念ながらオレの方でも科学文明についての詳しい情報はよく知らないんだ」


 そういいながらツナヲはまた視線をここではない場所、時間軸、かつて自分が存在していたはずの世界へと向けている。


「オレ自身、生まれてからずっと魔導に関する人物と関わりあって生きてきたからね」


 ツナヲは視線を窓の向こう側の辺りへと移動させる。

 

 ほんの一瞬だけメイと老人の魔法使いの視線が混じりあった気配がした。

 メイは彼の瞳、オレンジピールのような落ちついた明るさを帯びた薄茶色の虹彩の姿を意識のなかへ確かに認識する。


「かつての魔法使いへの差別意識については当事者として語れるが、しかし、戦争時に使われた魔術式と科学力の融合具合は遠い世界の出来事。なにせオレも当時はまだ下の毛も脇の毛も生えそろっていない、つんつるてんのちんちくりんなクソガキでしかなかったものだから」


 まるでその現実がどうにもこうにも、ツナヲにとっては耐えがたい後悔のひとつであると、彼は表情の中に苦痛を帯びた暗さをにじませている。


「それはもう、仕方のないことだと思いますよ」


 老人の表情の陰りに反応したのだろう。

 キンシがいくばかりか慌てた様子でツナヲのことをはげまそうとしていた。


「現状において、すでに戦前の記憶を有している方はかなりその人数を減らしておりますから。現象は留まることを知らずに、記憶は段々と薄れていくものなのですよ」


「そうだとしたら」


 一生懸命話している魔法少女の右隣で、白色の魔女が考えられる事例を言葉の上に表現している。


「この世界のニンゲンもまた、いつかはおなじ過ちを繰り返すのかしら?」


「それは……」

 

 魔法少女が答えに迷っている。


 そうこうしているあいだ。


「ふむぅ、ふむぅ」


 話題になどまるで関心が無いと言った様子。

 過去の出来事はただの記録でしかないと、無言の内に主張するがのごとき他人事な気配にて、エリーゼは自分だけが求める情報をある程度収集し終えていた。


「やっぱりぃ~!」


 止まった車の内部、車内が人間の動きに合わせて大きく揺れ動いていた。


 にゅるんと、(つゆ)の中を泳ぐうどんの白い麺のように、エリーゼの柔らかな両手がキンシの両側のほほに触れ合っていた。


「んにゃー?!」


 まったくもって予期していなかった接触に、キンシは思わず悲鳴をあげている。


 かなり無理な移動をしたと言うのに、魔術師の体にはほとんどダメージが見受けられない。

 やはり古城に属する魔術師、身体機能もそれなりに高クオリティーなものへと自己管理されているのだろうか?


 キンシが勝手な予想をしている。

 そうしているあいだにも、魔術師の両手は少女の頬に触れ続けていた。

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