灰笛続き 11月22日 1つ 1311 大してめずらしくもない考え方だった
何を話すかが礼儀正しさで、何を話さないかが品性に関わってくる。と、そう講釈をメイに与えたのは故郷の村にて共に暮らしていた祖父の声だった。
どちらかと言えば沈黙を金にしたい。そうしておきたいと、メイは考えている。
このまま静かに、何を語るまでもなく大人しく、古城について事後処理を終えられたら。
と、そう願っていた、期待していたと言っても差し支えない。
しかしながら彼女の期待は外れることになった。
「そういうことだったんですか」
少しぼんやりとしているあいだに、なにやら乙女たちが新しい話題に花を咲かせているようだった。
「そういうことだったんだよ~」
どういうことなのだろうか?
メイは直接的に言葉で問うよりも前に、とりあえずキンシとエリーゼの会話から場面の詳細、情報などをそれとなく収集することにしていた。
「先代の「ナナキ・キンシ」が……そちらのお店、「コホリコ宝石店」のお世話になっていたとは」
固有名詞が色々と登場してきている。言葉の意味を考えるよりも、それよりもただの名称として受け止めるべきなのだろう。
「お世話になっていた、っていうのはおおきな間違いだねぇー」
エリーゼがキンシの言葉遣いに細やかな指摘を加えていた。
「「キンシ」があたし達のお世話になってたんじゃなくて、あたしたちが、キミの先代のお世話になっていた。なりまくっていた、ってカンジー?」
どうにも要領を得ない様子。
「って言っても、あたしたちの代じゃなくて、こっちも先代、先々代の話になってくるから、ハッキリ子細なことは言えないんだけれどねー」
どうやら立場的にはキンシとエリーゼは似たような立ち位置にいるらしい。
「でも、店の帳簿にはよくキミの名前、「キンシ」が多く記載されていたよー」
メイはそのあたりで話題に参加することを選んでいた。
「宝石店についてのお話ね」
せいぜいそのぐらいの情報しか獲得できなかったが、しかし話題に関してはメイの好奇心の方向性と概ね同様の目線を持っていた。
「エリーゼさんのご実家は、ユウメイなジュエリーショップなのね?」
メイの質問。
彼女の質問文、言葉の選択にエリーゼはいくつかの間違いを主張する。
「ただのジュエリーショップじゃない。「普通」のキレイな宝石をお求めなら、どうか別のお店にお向かいくださいませー」
言葉遣いにメイが違和感を覚えている。
「……っていうのは、先々代……つまりはあたしのお爺ちゃんがよく言っていたセリフなんだー」
どうやら他人の言葉を借りただけらしい。
エリーゼは珍しく気まずそうに、少しだけ恥ずかしそうに口元をニヤニヤと曲げている。
使いなれない言葉遣いにエリーゼがまごついていると、生まれた空白をすかさずキンシの説明が埋め合わせようとしてきていた。
「ここ、この場所、とりわけこの灰笛においては、宝石店は主に魔力鉱物を商品とする店舗のことを指すのですよ」
「そうなの」
そうだとしたら「宝石店」と言う名前もなかなかにややこしい、相応しくないもののように思われる。
だが宝石が、それを指す言葉や存在、物質がこの世界のニンゲンにとっては「宝石」と呼称されるに相応しい別の存在にあてがわれているのだろう。
「普通の人間」が着飾るための宝石を有難がるのは、その見た目が美しいからに過ぎない。
だがこの世界に暮らすニンゲンにとっては、美しさに付属する実用性が宝石としての主たる意味を持ち、価値の基準となり得るのだろう。
メイがそう考えている。
「人喰い怪物の多量なる魔力を結晶化させた、安定化させた魔力鉱物は現代社会において主力のエネルギー源となっておりまして」
キンシが色々と語っているのを、メイは漠然とした違和感のなかで聞いていた。
「そうだとしたら、この世界は人喰い怪物さんがいないとどうしようもなくなるのね」
「現状はそんな感じだよねー」
エリーゼが白色の魔女の意見に同調をしている。
「危険度を掛け合わせたとしても、現状生存しているニンゲンの個体を埋めわせるのに、これ以上ない原材料は無いからさー」
彼女たちの呼吸音にツナヲが少なく言葉を織りこませてくる。
「それでも昔よりは、戦時中よりかは、怪物を相手にする職業の社会的地位は格別に良くなった。と、オレは……そう思うよ」
過去の情報を保有している、本物の記憶を有しているがゆえの意見をツナヲは口にしている。
「戦争がまだ終わっていなかった時代、オレの子ども時代なんて、魔法や魔術なんかが使えちまったら、一族郎党村八分の時代だったからね」
ツナヲの供述に好奇心を抱くのは若者が二人。
「あれれぇ? ツナヲさん、だったかな?」
エリーゼがツナヲの名称を確認すると同時に、彼の保有する記憶についての追及を行っている。
「あなたはどうやら、戦時中の魔力社会の在り方についてご存じと見受けられる」
声音に緊張感を抱いているような気がする、のはメイの個人的な勘違いでしかないのだろうか?
それらを見極めるために、メイは若者と老人の会話に耳をかたむけることにしていた。




