灰笛続き 11月19日 2つ 1310 猫の嗅覚は兎の肉を欲している
古城まで辿り着くにはまだ時間がかかりそうだった。
「話したいことはたくさんあるけど、キミたちとただ話すだけで空白時間を埋めあわせるのがなんだかどうしようもなく不快でツラいから、ここいらで一発音楽でもキメようかー」
エリーゼは周囲に確認と窺うという面目をたてている。たてただけで、結局のところはすでに彼女のなかで選択肢は決まりきっているようだった。
「もれなく悲しく無礼を働くのですね……」
キンシは運転席に座るエリーゼの背中に嘆きの言葉をそろりと伸ばそうとしていた。
魔法使いの少女の悲しみは、しかし道路の真ん中に芽吹いてしまった若葉のように、現実と言う硬く重たいタイヤに轢き潰されているのであった。
悲しいことは悲しい。確かにキンシとエリーゼのあいだには、依然として他人同士のひえひえに冷えた区分が居座り続けていた。
なんやかんやで付き合いはそこそこの長さを経ていると思っている。
大体が厄介事に関する付き合いで、おかげでキンシはエリーゼの姿を思い出すと妙に緊張した気分になってしまう。
であれば、やはり魔術師の方もこの状況にそれなりのストレスを感じとっているのだろうか?
「いえーい! 爆アゲしちゃうよー!」
とてもそういう風には見えない。
エリーゼはやはりいつもの調子であり、つまりは相手に正体を掴ませない楽観だけを視認させている。
ポジティブシンキングとプラス思考を、流行りのオシャレなカフェにある甘いパンケーキの上に搭載された生クリームのようにボリューミーに盛り付けている。
「楽しそうですね……」
キンシは少しの悲しみと、しかしてそれ以上に他人が、その意識や想像力が健在であることにえもいわれぬ安心感を抱いていた。
カーステレオが持ち主であるエリーゼの指先の操作に従って、暗色の電子画面に白色の文字列を明滅させている。
ほのかに立体感を持たせる数字や文字の幾つかは、もしかすると車そのものに注入された魔力、魔的なエネルギーを原動力にしているのかもしれない。
そう、メイが思うのは目にしているナンバーなどが奇妙なまでに立体感を帯びていることに由来する。
平面であるはずの存在が形を保有していること、認識の誤解が引き起こすささいなずれによるものだった。
電力と魔力を掛け合わせたステレオが稼働する。
音楽に合わせた音の形、棒グラフのような波形が鼠の鼓動のようにチョコチョコと上下する。
「ニューハウス♪
通勤ラッシュ♪
アップロードはテンションMax♪」
エリーゼがカーステレオから流れる音楽に合わせて、どうにもこうにもテキトーで調子のハズレた合いの手を入れていた。
「あら、この曲聴いたことがあるわ」
メイが耳を澄ましている。
植物種の持つ身体的特徴。草花の器官に類似した形状を肉体のいずこかに発現させている。
メイの場合は両耳がまるで椿の花弁のように麗らかな見た目となっていた。
乙女椿のように可憐なピンク色。
聴覚器官の持ち主であるニンゲンの意識に従い、ふんわりと甘い香りを漂わせている。
「くむくむ……」
甘い香りに羽虫のように誘われたキンシの鼻腔がひくひくとしている。
無意識の内に魔法少女を誘惑してしまっている。
メイはそのことに気付かないままだった。
仮に察知したところで彼女にとってはさしたる問題でも無い。そうなのだろうと、そう仮定させるほどに冷静に情報を取捨選択しているのだった。
「流行りの動画共有サービス。えっと……チックタック? みたいなお名前の場所ではやっていたわね」
「そうなんですか?」
メイの答えにキンシが訳の分からないままに生返事だけをしている。
「流行はとうの昔に通り過ぎたけどねー♪」
音楽にノリながら、エリーゼは視線をチラリとキンシの方に向けている。
「そう言えば、なんだけどさー」
自分なりに音楽にこころを同調させようとしていた。
エリーゼの問いかけはキンシの耳に届いていないようだった。
「金平糖のように甘い声に短く連なるリフレインが心地よい音楽ですね」
魔法少女はそこそこに自分の世界にひたっているようだった。
耳を澄ましている。
黒色の体毛に包まれた子猫のような聴覚器官は、大きく開け放たれた耳孔にてメロディーと歌詞を丁寧に収集している。
「いいですねぇ。ライムと言うものはやはり文字よりも言葉、音声として使用することでより一層の輝きを放つのですね」
ぶつぶつと独り言。
言葉をスムーズに繋げるキンシの唇には微笑みが宿っていた。
「すごいわねぇ、キンシちゃん」
メイは思わずキンシのことを褒めずにはいられないでいた。
「私には、ただのありきたりな、安っぽいメロディーにしか聞こえないのだけれど」
「え~? なあにそれぇ~?」
白色の魔女の評価にエリーゼが不満げな声音をこぼしている。
「まるであたしの音楽センスが安っぽいって、そんな風に聞こえるのだけれど~?」
もれなくそのつもりで言ったのだ。
と、メイはいの一番にそう考えていた。
「そ、そそそ……そんなことはございませんよエリーゼさん」
しかし真実は魔法少女の手によって隠されようとしていた。
 




