灰笛続き 11月19日 1つ 1309 遠のいていくのは地面と意識
車が走っていた。魔法少女約一名の恐怖心を運んだままで、車は灰笛の空間を走っていた。
ブンブンブブブン。銀蠅の翅音のように力強く、生命力はさながらブルーとエメラルドグリーンを配合した輝きのようなものを放っている。
「実をいうと、灰笛を走っている車と言うものは完全なる機械とは呼べないのですよ」
車の後部座席、キンシは窓の外を眺めながらメイに説明をしようとしている。
「とりわけ空を飛べるものを指す場合は、だいたいが内部に魔術式を組み込んでおりまして。ですので、そういう意味ではこのお車も魔的な存在にくみする、ということになるのです」
魔法少女の右隣、エリーゼの運転する車の後部座席に座るメイは、少女の言葉を聞いて想像力を働かせていた。
「そうなの」
短い返事の内側、喉の奥の辺りで想像力が春先のワラビのようにポコポコと芽吹いてきていた。
メイは尻の下に魔術を感じとろうとする。
車に乗車する際に雨合羽は脱いできた。
メイの身を守るのは桜色の薄手のワンピースと白色の羽毛や綿毛、あとは大体のニンゲンが備えている防護器官だけである。
メイは服の下、椅子の下に潜む魔術式について思いを馳せる。
「だとしたら、この車さんもまた、魔法使いである誰かに殺されることが出来るのね」
「そうそう、そういうカンジー」
エリーゼが細身のハンドルを軽く握りしめながら、白色の羽毛を持つ魔女の表現、言葉の選択に賛同をしていた。
「まあ、そうするならモチのロン、ただの器物破壊行為で事情聴衆、もしかしたら裁判沙汰、保険金という大事なお肉を切り落とすはめになるかもけどねー」
「まあ怖い」
さすがにいかに魔法使いであっても、滅んだ世界であったとしても、他人の所有物を破壊することはそれなりの代償を伴う行為であるらしい。
「とくにこの灰笛じゃあ、車は大人の社会生活に必要不可欠な必需品だからねえー」
エリーゼからの例題にメイは新しい疑問点の芽を飽きることなく生やしている。
「あら、なにか特別な理由でもあるのかしら?」
メイはあれやこれやを考えてみる。
「たとえば、人喰い怪物さんと戦いながら生活するうえで、このように空を飛ぶ車さんが、とても役に立つ事例があったり?」
想定をしながらメイは窓の外へちらりと視線を向ける。
メイから見て左側の窓、キンシの横顔を通り抜けてみえる車窓の外は地面から遠く離れた空間によって構成されていた。
車、空を飛ぶことが出来る物を対象とした機械のひとつは、灰笛の地面から十メートル以上離れた空間を飛行していた。
「そうだとしたら、私たちはもっと車さんをいたわらないといけないのね」
メイは想像力に結論をむすびつけようとした。
しかし白色の魔女の意見をエリーゼが否定していた。
「いや? ただ単に交通インフラがちゃっちいから、例えば塔京みたいに電車だけで生活がおくれるって言うライフスタイルが出来ないだけ。車に頼るしかない、地方都市の悲しい運命ってカンジー?」
想像していた以上に現実的な問題であるらしかった。
そういうことなら、そういうことなのだろう。
……それはそれとして。
「そういえば、私たちはどうして、エリーゼさんの運転する車さんに乗っているのかしら?」
メイがあらためてこの状況への疑問点を追及している。
白色の魔女の質問に答えているのはツナヲの声であった。
「それこそまさに、オレたちはもうすぐ古城であられもない姿に解剖されてしまうんだよ」
「んるええ?!」
大きくリアクションをしているのはキンシの両肩だった。
「違いますよ、先生……! 僕たちはただ、今回の人喰い怪物がもたらした損害についての詳細を古城に提供するという名目でこの車に乗車しているということで……!」
能動的に事情を語っている。
「ああ、そうだったね。すごいねえ、よく覚えているね。素敵だ、すばらしい」
キンシのことをツナヲが手放し気味にほめそやしていた。
「いや、ね。このトシになると、どうしても記憶力が低下するものでな。一つのことを思いつくと、もう前のことをどんどんと忘れてしまう。まるでメダルゲームの段差だよ」
キンシがツナヲのことをおろおろと見つめている。
「そのお気持ちはそれとなく理解できますが」
憧れの作家と自分自身の共通点を見つけた。
そのことにキンシは初心な恋心のようなときめきを抱きそうになる。
だが、心臓が高鳴る寸前のところで冷たい現実が心筋をべろりと舐めてきていた。
「……って、ツナヲさん、さっきあなた被害者さんの言った悪口をしっかり覚えていたではありませんか……??」
「ん? ああ、そんなこともあったかな」
キンシが凝視ている先、ツナヲは車の助手席にてフムフムと頷きを小さく繰り返していた。
「なんだか、もう遠い昔のことのよう……」
「三十分も経過していませんよ……」
恋のきらめきはすでに遠く離れていこうとしている。
キンシはどんよりと、ツナヲのうなじの辺りに視線を音も無く落とすばかりであった。
そろそろ罪悪感にも飽きてきた。
と言うのもまた、魔法少女にとっての本音でもあった。




