満たされていないから安心して嫉妬することが出来るんだ
「落ちついてますよ? 僕のこころは」
キンシは少し心外そうにしていた。
「海のように落ちついていて、むしろ鯱の一群でも訪れてくれまいかと、そう願いたくなるほどには落ち着いておりますよ」
「それってかなり危ない状態じゃない?」
キンシとメイがやり取りをしている。
その様子を穏やかに眺めながら、ツナヲは若者たちにアイディアをひとつ提供しようとしていた。
「このクソ野郎……。もとい、あわれな人間殿の足、健康な状態に治せなくはない、無くはないんだよな」
「ほうほう? して、その方法はー?」
エリーゼがツナヲに質問をする。
「なに、何も特別なことは無い、ただ怪物の死体を大量に消費することになるけどね」
ツナヲは少し歩いて近くに安置されているモノに触れる。
あたたかさを失い、すでに氷のように冷たくなってしまっている。
怪物の死体を指先に、ツナヲはさっそく魔法を使おうとした。
「じゃあさっそく……──」
「うわーあ、ちょいまちちょいまち」
勝手に話を進めようとしている魔法使いをエリーゼが呼び止めている。
「ちょっとちょっとー、困るよおー勝手なことされたらー」
エリーゼはスベスベとなめらかそうな両側の頬の肉をプックリと膨らませている。
「この時点ですでに、この敵性生物の鮮肉はあたしたち古城の魔術師の管轄内になっているんだからー」
魔術師の言い分に驚くのはツナヲ以外の魔法使い。
「うええ?! なんですかそのお話!」
意見を耳に受け止めた瞬間から新しい戦いは始まっているようだった。
いつでも憤慨を起こせるように、すでにキンシは胸の内に熱を灯そうとしていた。
「このお肉は僕たちが頑張って作ったものなんですよ。何を勝手に、何の権利があって全部を徴収しようと為さっているんです?」
キンシが魔法使いとして獲物の取り分を主張しようとしている。
「そう言われてもねー」
しかしエリーゼは魔法使いの少女の懸命なる主張について、まともに取りあうつもりは無いようだった。
「通報して、こちらが魔術式を展開した後に管理をしなければ、どうせキミたちじゃあ全部を綺麗にスッキリ片付けることも出来なかったんじゃんー?」
「んぐる……っ」
一方があまりにも無力な舌戦が繰り広げられようとした。
だが、この戦いは現状一名には望まれていない展開であるらしかった。
「獲物の取り分について争っている場合じゃないよ、乙女ちゃんたち」
先ほどよりも誘導の気配を強くにじませようとしている、ツナヲは困ったような表情を筋肉と皮膚の上に作ってみせていた。
「いずれにしても死体をひとつ作ってしまったら、獲物取り分をぜんぶ合わせてもまかなえない損失を被ることになるし」
いかに滅び終えた世界であっても、やはり人類の一名が死亡することに関しては色々と面倒な事象が起きてしまうらしい。
「やれやれ、社会生活の悲しい運命だよね」
ツナヲは視線を遠くに向けている。
「昔はもう少し自由だったのに。まったく、復興するのも全部が良いこと尽くめって訳じゃ無いみたいだ」
過去語りをちいさく呟いた。
その後にツナヲはあらためて視線を彼女たちに差し向けている。
「なんにせよ、死体が完全に完成する前に、危険レベルの蘇生術をほどこさなくちゃならない」
なにやら物々しい雰囲気を帯び始めている。
「そうだねえ」
老人の魔法使いの提案を聞いた。
エリーゼが声音をそれなりに分かりやすく低いものにしている。
「ニンゲンならまだしも、「普通の人間」の蘇生術はかなりヤバいからね」
「ん? おなじ意味じゃないのかしら?」
魔術師の言葉遊びにメイが素直な疑問を抱いている。
「時間もない」
全てに答えを返すよりも先に、ツナヲは若者たちの代わりに面倒くさい問題を怪傑へと導こうとしていた。
「死ぬ前に、生き返らせて進ぜよう」
ツナヲは言葉を発する、呼吸行為のついでに魔力を自らの血液のなかへと巡らせていた。
右手が怪物の死体に触れる。
彼の指、人差し指にはめ込まれた指輪。
おそらくは彼にとっての魔法の道具のひとつになるのだろう。
アクセサリーのように見える、と言うよりかはそう言った目的の器具にしか見えない。
だが確かにその指輪は魔法使いにとっての魔法の武器であり、戦うための道具であることには変わりはなかった。
指先に魔法陣が展開される。
蛍の光のようにゆらゆらと揺らめいている。
魔法陣は最初の数秒ほどは五百ミリリットルサイズのペットボトルの底ほどの直径しかなかった。
それなりに複雑な造りの魔法陣であるらしかった。
星や太陽、月を組み合わせた模様は神々しさよりも少女のようなかわいらしさをどことなく想起させる。
「あんまし大きいヤツもいらないよね」
ツナヲは短く判断すると、魔法陣をもう三センチほど大きく拡大させていた。
「よし、このくらいでエエか」
さすがに集中力を多く消耗しているらしい。ツナヲは使い慣れた言葉遣いの安心感のなかで、場面に相応しいサイズの魔法陣を手の平の近くにこしらえていた。
「さて、どんな色になるんかな?」
楽しみにしている。




