ミルク色の峠を越えていこう
そんなこんなで。
「んるる……」
キンシが思い悩んでいる。そのすぐ隣にて。
「んん……」
メイもまた、実に悩ましげにしている。
「この感触、どうやったら再現できるのかしら?」
なにをしているのかと言うと、白色の魔女は魔術師の乳房を揉みしだいているのであった。
モミモミ、モミモミ。動性であるが故の油断か、あるいは容赦の無さか、メイは割かし強めの圧力を込めて魔術師の乳を堪能していた。
白くて細い指の間、清潔そうな暗色のビジネススーツ風の制服の奥。
布の向こう側、生きているニンゲン、この世界に存在するメスの器官のひとつをじっくりと実感している。
柔らかいと言えばそれまで。
だがたったそれだけの言葉で片付けるには、バストの魅力を伝え切れたとは到底言えない。
「んんん……?」
言葉を見つけられないまま、メイはせめて革新と実感を得るために指の動きを細やかに変化させている。
くすぐったさの一歩手前、真綿が裁縫机の上に落ちるような繊細さ。
あるいは痛覚に到達するかしないか、実際に痛みを感じさせるまでには至らない程度。
そんな具合の圧力を込めて、メイはたっぷりとした肉の重みを下側から上へと、何度も何度も繰り返して撫でつけている。
「どうかしら~?」
エリーゼがメイに問いかけている。
若い女性の魔術師は白色の魔女が自身の胸部に触れやすくするために、腰を低くして身を前方に屈めている。
「そうねえ」
魔術師に問いかけられた。
メイは彼女のおっぱいを揉んだままで、そのままで自分の意見を唇から主張している。
「分からないわ」
「いや、分からないのはこの状況ですよ?!」
場面にようやくツッコミを入れているのは愚鈍なる魔法少女約一名であった。
「な、んなな……?! なにを為さっているのです、メイお嬢さん!?」
キンシは慌ててメイの体を魔術師から引っぺがしていた。
「いやん♥」
密着から急に離された、エリーゼの胸元がプルンと大きく揺れている。
「なにをするの、キンシちゃん」
無粋な真似を見つけてしまったかのような、呆れを含ませた視線をメイは背後にあるキンシの目へと差し向けている。
「せっかく良いアイディアが浮かび上がりそうだったのに」
「女性の乳房を揉みしだいて産まれるアイディアとはいかに??」
キンシは答えを求めようとした。
しかしこの場面において、魔法少女の疑問点に解を与える存在はどうやら無に等しいようだった。
「意味が分かりませんよ……??」
動揺に狼狽を重ね合せるキンシ。
「あらあら、キンシちゃん」
混乱状態の魔法少女の手の平に、メイの白い指先がそっとかさね合わせられていた。
「魔法使いたるものが、ものごとのすべてに理由をもとめるべきではないと思うわ。科学者や錬金術師じゃないんだから」
基準を引き合いにしながら、メイはあくまでもキンシのことを落ちつかせようとしている、その目的に行動が集約されているようであった。
「いやいや、そうではなく……!」
それでもキンシはなけなしの常識的観点を、ここぞとばかりに白色の魔女へと主張し続けている。
そうしなくてはならない、そうしなければならない。と、そう考えるのはこの魔法少女がそれなりに優しい環境で育ってきたがゆえのやるせない弊害とも言える。
それはそれとして。
「あらら」
にこやかにしているのはツナヲの表情の筋肉。
「これはこれは」
麗らかな午前の光、まだ夜の冷たさが溶けきっていない砂浜にてクラゲのゼラチン質を発見した小学生男子のような、そんな輝きを瞳にきらめかせている。
「悲惨だねえ」
ツナヲはしゃがみこみ、担架の上に乗せられた人間の体を見下ろしている。
恐ろしき人喰い怪物になかば自然災害のような、ある意味において偶然としか表現しようのない出来事。
人喰い怪物に遭遇して、襲われて食べられる。という、この世界ではさして珍しくもない事故のひとつ。
それらを被った人間の足は、爪先のほとんどを人喰い怪物の胃液によって融解させられているのであった。
「これは間に合ったというべきかな?」
ツナヲは姿勢を元に戻し、自分の左側にたたずんでいる魔法使いの青年に意見を求めている。
「どう思う? ねえ、トゥーイ君」
ツナヲはトゥーイの姿を視界のなかに見ながら、自分の認識を自然さのなかで更新し続けている。
言葉の中に少しの怯えが含まれていたような気がしたのは、はて、青年の聞き違いであったか。
「…………」
何はともあれ、作業はまだまだたくさん存在しているようだった。
「そうだなあ、とにかくこのままだとちょっとヤバいよな」
このあたりになってようやくツナヲは所作の仲に緊急性のかけらを含ませようとしている。
声音の変化、表情の動き、あるいは瞳の揺らめきでもいい。
変わった様子を感じとった、キンシの子猫のような聴覚器官がピクリ……と物憂げに動いている。
「このままだと、危ないのかしら?」
メイはエリーゼに窺っている。
「そうだねー、それなりに激ヤバってカンジー」
魔女の問いに魔術師はいつもの調子、変わりのないリズムで状況をとりあえず簡単に説明しようとしていた。
 




