車みたいに四つん這いになりたい
キンシは白色の魔女に対して、自らの欲望の形を主張している。
「だって、ですよ? あんなにも素晴らしい魔力の気配が目の前にあって、よりにもよってこの僕が! ただよだれを垂らすだけでことを終わらせてしまうだなんて……」
キンシは胸の辺りで握り拳を作る。
小さな胸、膨らみをほとんど感じさせない、辛うじて成長途中のコリコリと硬い乳腺が小さく息をひそめている程度。
肉の少ない胸の辺りにて、キンシは乾燥気味な皮膚に包まれている手を強く握りしめている。
握り拳は本人の興奮具合とは別に、リラックスした子猫の前足のようにふっくらとしたフォルムしか主張できていなかった。
「これはゆゆしき事態です。許せますか? 僕は許せませんよ」
個人的な主張をしてるキンシ。
「そうなの」
魔法少女の主張をききながら、メイは手の平の内側で会話を行おうとしている。
「でも、この状況よりかは、ずっとマシな問題だと思うのだけれど」
メイは白色の羽毛を、今は生き物らしきモノの湿り気にじっとりと濡らしている。
白色の羽毛を持つ魔女の意見について、キンシはむしろ不思議そうに耳をちいさくかたむけるだけだった。
「そうでしょうか?」
キンシが周りを確認している。
それに合わせるついでとして、メイは自分たちを取り巻く環境を再確認している。
「そりゃあ、そうよ」
やがて諦めたかのように、メイは口元を守っていたはずの手の平を静かに外している。
「どうして、私たちはいま、人を食べたばかりの怪物さんの喉元に顔をうずめているのかしら?」
文句なのか、もしかするとただの愚痴だったのかもしれない。
落ち込んだ様子で語るメイに対して、キンシが励ましの言葉を考えようとしていた。
「でも、エリーゼさんが拡張魔術式を付けてくださったので、僕たち二人が入りこんでも余裕のある広さを確保できておりますよ?」
どうやらキンシはメイがスペースの不足について不満を抱いているものだと、そう思いこんでいるらしかった。
「そうね」
魔法少女の作りだそうとしている安心感について、メイはむしろ物悲しさのようなものを抱きそうになっていた。
「私とキンシちゃんを合わせて、あとは後ろに男の子ひとりが四つん這いで入り込めるくらいにはカクダイすることができたんだもの。魔術師さんの魔術って、すごいのね」
空虚な賞賛をしている。
メイの視線は魔法少女から移り、自らの後方、言葉に表現した通りの状態になっている青年の方に差し向けられている。
「…………」
白色の魔女の憐みを含んだ目線に対して、トゥーイはビー玉ほどの大きさの憤慨を覚えつつある。
憐れむ必要はない、これもまた魔法使いの「仕事」の大事な一部分でしかないのである。
自分自身を納得させる中で、それでもトゥーイは若い女性の魔術師に言い様にあつかわれている、この状況に不満点を抱いている。それもまた事実でしかなかった。
「いやあ、それにしても初体験」
ただ一人、青年と幼女のまともな感性など露知らず、キンシはただ目の前の光景に好奇心を稼働させるばかりであった。
「生きながら、行けるなんて。意識がある内に怪物の喉の奥を拝見出来る機会、そうそうございませんよ」
「あら、そうかしら?」
メイはキンシの横に身を滑り込ませながら、自身の記憶を根拠に物を語っている。
「私は意識があるあいだに、この灰笛にきたばっかりで、人喰い怪物さんにぱっくりいかれたけれど」
白色の魔女の主張にキンシはまず賛同をする。
「そうですねえ」
うんうんとうなずきながら、キンシは白色の魔女の保有する記憶についての意見を言葉に変換している。
「生きながら、生け作りのままで怪物に捕食される機会なんて、他の土地ではそうそう体験することなど出来ませんからね!」
キンシは「んるふふんっ!」と、肉の少ない胸を大き目に反らしている。
「その体験はまさにこの灰笛でないとできないであろう、貴重な体験と言えるでしょう!」
「ええ、貴重ね」
とりあえず簡単な要素だけ、メイは魔法少女に同意を返す。
「できれば一生をかけてでも、一度でも体験なんてしたくないほどには、貴重すぎてもったいないいべんとよね」
すくなくとも生まれ故郷で暮らしていた際にはほとんど無縁でしかなかった。
可能ならばそのまま無関係で、違う世界、異世界よりも遠い場所の出来事で済ませたかった。
と言うのは白色の魔女の本音で、だからこそ彼女はあえてそれをここで、魔法少女に向けて語ろうとはしなかった。
それよりも。
「さて、「お仕事」をしなくちゃね」
メイはそのままの姿勢で、どんどんと人喰い怪物の喉の奥へと進んでいった。
「さっさと人間さんを助けなくちゃ」
経験者は背中で語る、と言わんばかりに進んでいくメイの後ろ姿をキンシは中腰の格好でそろりそろりと着いていっている。
「あ、待ってください、メイお嬢さん」
置いてけぼりを食らわないようにするのは、現状において魔法使いたちの目下な目的であった。
狭苦しい道。
怪物の体内、食道の奥から奥。
やがて目当ての丸みが見えてきた。




