柔らかくなったものとそうでないものの違いについて述べよ
しかしながら免罪を与えられる範囲は、あっというまに超えてしまっていた。
二十一時過ぎ、新鮮な夜に床に就こうとする小学生女子の頭上に浮かぶ空想の柵を越える羊のような軽快さにて、禁止区域とそうでない安全は繋がりあってしまっている。
触れてはならない場所。少なくともこの世界において、社会の上に生息する中、常識的に考えて触って泣行けないところ、部分。
そこに触っている、トゥーイの指先には柔らかさだけが伝達されていた。
肉の触感、少女の未発達な乳房の感触。
少ししこりの様な硬さがあるのは、おそらく成長途中の証。成長途中の乳腺の硬直による高度なのだろう。
高級品な海栗のように黄色くツブツブとした脂肪の密集。
そこに張り巡らされる、乳腺の連なり。
将来的に何処かに存在することになるであろう赤子のための栄養素、ミルク、母乳と言う体液の一種を生成するための器官。
その成長の過程がいま、青年の指先にコリコリとした、軟骨を噛んだ時のような感触と共に触れ合っていた。
「んるる」
少女は特に不快感をし表す訳でも無く、ただ触られるがままになっている。
これはゆゆしき事態である、と、触っている側であるはずの、場面においては加害者側に当たる人物、痴漢犯罪において被告人に該当する青年が、危機感を抱いているのであった。
当然、相手に快楽を与えるための接触ではないことは、青年本人が誰よりも自覚しているつもりだった。
目的を前程として、トゥーイはキンシの乳房のしこりに指を重ねている。
特に何を考えるまでもなく、ついそこを圧迫してしまう。
コリコリ、コリコリ。
なんともいえない硬さ。
砂浜で拾った貝殻のように小さく、しかして確かに生命の在り方を想像させる。
そうさせるには充分すぎるほどに、生命力にあふれた肉の硬さであった。
もっと圧迫。
さらに強く。押しつぶすように。
「痛い?!」
神経と直接触れ合っている硬さを強引に圧迫された、キンシ本人が痛みを訴えた。
と同時に、白色の魔女が攻撃の態勢を整えるのが、もしかしたら二秒ほど早かったのかもしれない。
「ちぇすとぉ!」
メイの頭頂部がトゥーイの背後、尻の隙間、股間部分に炸裂していた。
「…………!!!?」
集中すぎるがあまりに敵……正確には味方の側に関係してるニンゲンなのだが。
とにもかくにも、明確な攻撃であるかどうか以前に、トゥーイは想像を絶する痛みにもだえ苦しむ羽目になっていた。
破滅的な痛みに苦しむ青年の横。
「まったく、ユダンもスキもないわね」
ふう、と溜め息を吐き出しているのはメイの唇だった。
濃いめのコーラルピンクの口元は横に平坦に引き結ばれている。
メイは鼻腔でリズムよく呼吸行為をしながら、右手はそっと魔法少女の右の手の平に触れている。
「だいじょうぶかしら? キンシちゃん」
白色の羽毛を持つ魔女が、痴漢行為を被った少女のことをいたわっている。
「まさかこんな、私の目の前であんな最低で下劣な行為をするなんてね。まさか、予想もつかなかったわ」
「え、ええと……?」
依然として状況を飲み込めていないようだった。
キンシがどこかにただひとり取り残されてしまったかのようなこころ持ちにて、まずはとにかく自分の状況だけでも把握しようと懸命な努力を行っている。
「とりあえず、痛みはもう治まりましたよ」
「いやいやいや」
思わずツッコミを入れざるを得ないのは、エリーゼの喉もとで、いよいよ彼女は魔法少女の異常性に気付きつつあるのであった。
「そういう問題じゃなくて、もっと社会的常識を意識しておこうよー」
そういいながら、エリーゼはゆったりとした動作にて視線をメイの頭頂部に差し向けている。
「まあ、いきなり味方の股間を頭突きする方も方で、法的に色々とアウトな気もするけど……」
少し考えた。
その後に。
「まあ、いっかー♪ 相手が死ぬわけでもないしね」
極論中の極論にて、若い女性の魔術師は状況を自分自身の中に勝手に片付けようとしていた。
彼女たちがそれぞれに納得をしている。
そのすぐ近くにて。
「大丈夫かい? 愚かなる若人よ」
ツナヲがニコニコとした表情にて、少し身を屈めながら、地面にうずくまっているトゥーイのことを心配していた。
「可哀想にね。あの攻撃はまさに、筆舌に尽くし難い苦しみなんだろうよ。そうだとも、オレにはようく分かるよ」
小説家のくせして「筆舌に尽くし難い」とは、それはいかがなものか。
その辺を具体的かつオシャレに表現するのが小説家と言う生き物なのではなかろうか?
トゥーイはそう主張したかった、小説家に向けて、本物であるはずの彼に向けて問いを投げかけたかった。
「…………」
しかし言葉は与えられなかった、誰にも意味をなさなかった。
そこにあるのは沈黙で、せいぜい語ることがあるとしたら、青年約一名の病的な喘鳴。
ただそれだけの事だった。
「あーあ、可哀想に」
想像することが出来る痛みのなかで、しかして、ツナヲはあえて共感を選ぼうとはしなかった。
それよりも優先すべき内容が、彼の頭の中ではすでに決定されているのであった。
 




