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にくは新鮮なうちに食べなくてはいけないのである

「どうしたんだい? オレに何かできる事があるなら、ぜひとも手助けしてみせるが」


「ちょっと頭を、頭蓋骨を貸してくれればいいのよ」


 なんてことも無い風にいっている。だがメイはツナヲに対して、ある種の人体実験の検体のようなモノになることを要求しているのであった。


「んるる……?! だめですよ……メイお嬢さん」


 メイの提案をキンシが、一生懸命に停止させようとしていた。


「先生に、先生に……! その様なご無理を……」


 しかし、言い終えるよりも前に、キンシの眩暈(めまい)がいよいよピークに差し掛かろうとしていた。


「まだ催眠の魔力が抜けきっていないみたいだね」


 ツナヲが腰を低く、井戸の中身をのぞきこむように頭の位置を低くしている。

 そうしていながら、オレンジピールのような色合いの瞳は魔法少女の方に向けられていた。


「仕方ない、トゥーイ君、とりあず彼女がレディの魔法を見れるよう、首の位置だけでも固定させてあげたまえ」


「…………」


 トゥーイはコクリ、と首を縦に動かしている。


「そうしなきゃいけない理由ってあんのー?」


 魔術師であるエリーゼが不思議そうにしているのに、ツナヲが情報をと一匙付け加えている。


「魔法って言うのは魔術と違って、それはもう、ものすごく、ひどく不安定だからね」


 ツナヲに向けて、メイが指を伸ばしてきている。


「ツナヲさん、もうすこし腰を低くしてくださらないかしら?」


 メイはそう言いながら、指先をツナヲの頭蓋骨の方へと伸ばしている。

 白い肌に、ふわふわと雪の結晶のように細やかな羽毛や綿毛が生えている。


 鳥の獣人族特有の、「普通の人間」よりもいくらか速いスピードにて伸びやすい爪。

 若干の鋭さはあれども、きれいに整えられている。

 骨を加工した槍の穂先のような艶やかさが、ツナヲの皮膚に触れることを強く、静かに望んでいるようだった。


「はいはい、分かっているよ」


 ツナヲはメイの要求を聞き入れている。


 姿勢を低くして、自分の(とう)ろがメイの爪の先端、範囲が届く位置まで移動させている。

 もはや前屈に近しいまでに腰を低くしていると、まるで白色の魔女から頬へ信愛と親愛の口づけを期待しているかのような、そんな格好にも見えなくはない。


 ちょっと遅れた後に、メイは呪文を唱えている。


 息を吸って吐いている。

 呼吸を意識する。


 空気を吸いこめば、雨の冷たい湿り気と灰の粒が肺胞を満たしていく。

 血液に含まれている魔力が活動し、熱を帯びる。


 呪文の数々。


「ちちんぷいぷい 私の宝石、愛しの宝石

 雨は甘く、夜は安らぎ

 濁りも淀みもしこりも痛みも、全て沈むは青い海」


 優しい。

 まるで大切な我が子の安らかなる眠りに子守唄を重ね合せるかのような、そんな安心感があった。


 癒しの呪文を唱える。

 歌声のような言葉の連なりは、文章と言うよりかは音楽や曲の歌詞のようなメロディーを持っている。


 とはいえ流石に、本物のアーティストが作る真なる音楽と比べ物にはならない。

 いうなれば月とスッポンである。


 少なくともメイはそう思っていた。

 言葉は、ともあれメイにしてみればさして重要な意味を持ってはいない。

 ただ、覚えている内容を音読したにすぎなかった。


 重要なのは魔法、魔力が正しく作用したかどうか。

 そしてその結果は、すぐに白色の魔女の指先から形として発現しようとしていた。

 

 ふわふわと、春風にふるえる蒲公英(タンポポ)の綿毛のような揺らめき。

 乙女椿(オトメツバキ)のように可憐なピンクが、ツナヲの頭部にふうわり、と寄り添っていった。


 触れる、桃色の光の玉たちはツナヲの額、先に負傷した際の傷口へと密着している。


 怪物の金属質な羽根の破片が衝突した際に負った傷は、まだまだ生々しさを帯びたままとなっている。

 血液さえも乾き切っていない、新鮮なヘモグロビンが少し黒みがかった赤色をヌラヌラと艶めかせている。

 

 パックリ問われた傷は三センチほど、どうやら破片に浅く切りつけられた格好となっているらしい。

 内側の肉はピンク色、ちょうどメイの使う治癒魔法の色合いととてもよく似ている。


 血の香りと花びらの匂い。

 それぞれの桃が触れ合い、そしてニンゲンの持つ肉体の治癒能力の可能性を導き出している。


 椿の花弁の臭いと共に光が消えたとき、ツナヲの額には実に健康そうな、柔らかい皮膚が再生されていた。


「いかがかしら?」


 メイがツナヲに確認をしている。


「最高だよ」


 老人の魔法使いは、白色の魔女の魔法に最高の賛辞を送っていた。


 そんな頃合いになって。


「んるる」


 キンシの肉体から、白色の魔女の催眠効果的魔力が通り抜けているのであった。


「ううう……」


 キンシはメイの方を見ている。

 視線には、どうやら感動めいた感情の震えが含まれているようだった。


「実に残念です、まことに遺憾です」


 ぼんやりとした頭のなかで、キンシは自分の感情を伝えるための言葉を舌の上に用意している。


「素晴らしい魔法の瞬間を、己のシナプスに消費することが叶わなかった、僕はとても悲嘆に暮れているのですよ」


「それは仕方のないことだわ」


 諦めるように推奨している。

 さて次に。メイは視線を魔法少女の方に向けている。

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