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お腹が空いたら

あけましておめでとうございます。

「ん?」


 ルーフは体を捻って音の鳴る方へと顔を向けてみる。


「あれ、えーっと……? ミッタ、だっけ?」


 自分の体、背中と脇腹のギリギリ境目の辺り、そこでミッタという名で呼ばれている幼児は少年が着用している衣服をギュッと、小さな指で握りしめていた。


「……… (・-・)」


「どうした?」


「……… (>‐<)」


「あ、え? お、おい……!」


 ルーフの体に縋りついているミッタは、そのままの姿勢でその場にうずくまってしまった。


 ルーフは慌てて座ったままの恰好で体を回転させてミッタと向き合い、両手でそっと相手の様子を探ろうとする。


「どうしたんだよ? 気持ちが悪いのか、それともどっか痛いのか?」


「おやおや、おや。どうしたんですかどうしましたか」


 二人のただならぬ雰囲気にキンシが箸と茶碗を手に持ったまま、米を口に含んだままで接近してきた。


 口と顎の隙間から僅かに聞こえる咀嚼音を聞き流しつつ、ルーフは魔法使いに状況の解決を求めた。


「なんか、えーと、なんかいきなり気分悪そうにしてよ……」


 ルーフの報告を聞き入れながら、キンシはいったん箸と器を床に放置して幼児をより子細に観察する。


 じっと、じーっと、珍妙な形状のゴーグルに穴を開けんが勢いで、ミッタ本人が見詰められすぎてより顔色を悪そうにしていることも構わず、魔法使いは眼前の生き物を観察して。


 そして即急な答えを導き出した。


「これはですね」


「これはなんだ?」


「お腹が空いていますね」


「は?」


 ルーフの呆けた、それでいてしっかりとした疑心に満ち満ちている視線を浴びながらも、それに全く構うことなくキンシは仮説を確立していく。


「これは迂闊でしたね、思慮が足りていませんでした。ええそうですとも、そうでしょうとも。ミッタさんは昨日のお昼辺りから、少なくとも彼方さんに吐き出されてからその後は確定的に、一切合財の栄養補給行為をしてこなかったんですもの、そりゃあお腹と背中がぴったんこにカランカランしちゃいますよまったく」


「え、あーっと、つまりこう言うことか? ミッタは腹が減ってんだよな?」


 魔法使いが怪文法を展開し、手前勝手に収束するより先に、ルーフは何とかして相手の言葉を即座に脳内で翻訳することに成功した。

 とりあえず、自分が使っているものと似たような言葉遣いならば、青年の時よりは幾らかマシなものである。


「ザッツライト、です」


 キンシは至って真面目そうに左右二本の人差し指で少年を指さすと、もともと低めに構えていたそれをもっと低くして、いよいよ地面に頬を擦消そうなほどの姿勢になる。


「ほら……耳を澄ましてください……ほのかに聞こえます……ミッタさんの胃袋がぐるりぐるりと内容不足を僕たちに訴えかける音色が……」


 いきなり四つん這いの人間に自分の腹の音を盗み聞きされたミッタは、いよいよ居心地を悪そうに、それ以上に気分をより落ち込ませている、様にルーフには見て取れた。


「解ったから、そう言うことなら」


 そっとミッタを魔法使いから離して、ルーフはその小さな体を持ち上げて食卓の方へと進ませてみる。


「ほら、飯ならここにあるから、食ってみるか?」


 とりあえず卓の上に残っている食材でそのうちの一つ、黄色の大根漬けを一つ指でつまんでミッタの口元に寄せてみた。


 しかしルーフの意図とは反して相手は頑なに唇を開こうとせず、


「うーいー (‐皿‐)」


 むしろより機嫌の雲行きを悪くして、ジタバタとルーフの太腿の間から逃れんと手足を振り回し始めた。


「ちょ、おい! イテッ、悪かった落ちつけよ」


 チビッ子ならではの容赦なき割とダメージのでかいグーパンを顎に喰らいながら、ルーフはなんとかミッタを落ち着かせようと苦心する。


「やっぱり漬物じゃダメか………?」


「いいえ、それは違いますよ」


 小動物をなだめる要領でミッタの灰色の頭を撫でるルーフの横で、再び箸と茶碗を装備してきたキンシが含みを込めて助言する。


「多分ですが、というか僕としては高確率なことなんですが、ミッタさんはそう言ったものを食べないと思います」


 別に奇怪な言いかたをしている訳でもなく、しかしルーフは魔法使いの言わんとしていることが理解できなかった。


「食べないって、どういうことだよ?」


 キンシは少年のもっともな質問に今は答えず、一旦口の中のものを飲み込んでからとある場所に向けて声を発した。


「おーい、トゥーさーん」


 一拍の間。


「御呼びでしょうか先生」


 皿洗いの途中だったのか、濡れそぼった両手のトゥーイが調理場からやってくる。


「えっと、栽培中のあれってまだ残ってましたっけ?」


 栽培中のアレ? 不意に登場してきた、なんとも怪しげで物々しい単語に少年と幼児は体の筋をわずかに硬直させる。


 トゥーイは濡れた手を割烹着で拭いながら、瞬きの間をつくる。


「三人グループの悲劇性ならありますあの日の分のなら」


「おお……なるほど……」


 何のことか、やはりルーフには解らず。しかしキンシはなんとも深刻そうに米を飲み込みながら考えていた。

 

 魔法使いの喉から生き物としての音が鳴る。

今年もよろしくお願いいたします。

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