ママの焼いたクッキーが食べたい
こんにちは。
「情緒不安定、かしら?」
メイがキンシに問いかけている。
「いえいえ、違いますよ、メイお嬢さん」
キンシは白色の魔女の心配を否定しようとしている。
「あら、じゃあ……いわゆる流行のメンヘラ? メンタルヘルス? メンヘルちゃんっていうものなのかしら?」
「いえ……それでも無いです」
「ああ! じゃあもしかして、お面と舌のことかしら?」
「口腔底に生えている器官のことを意味する地方独特の方言でも無くて……。そうではなくて!」
話題が青空の下の白い鳩のように飛び去って行こうとしている。
気を取りなおして、メイはキンシに提案をする。
「まあ、なんでもいいわね。たとえキンシちゃんの精神がボロボロのズタボロになっても、それで魔法が使えなくなるわけじゃないんだし」
「そうですよ、むしろ僕は精神的に追い詰められる方が集中して魔法を使うことが……──」
「どうでもいいから、泣くのは後にして、早く通ってくれないかな? マドモアゼルたち」
ツナヲの至極真っ当なる意見を元に、三流の魔法使いたちは一流の魔法使い、つまりはツナヲの助けを借りて防護魔術式の膜を通過していった。
近づけることが出来た。
「んるるる……」
キンシがぶるると肌を粟立たせる。
毛穴が敏感に反応するに合わせて、少女の黒い短い髪の毛がふわふわと膨らんでいる。
「やっぱり魔術式の中だと、どうにも居心地が悪くて仕方がありません」
「そうねえ」
キンシの感覚に、メイはそれとなく同意だけを返している。
「私も、良いか悪いかできかれたら、あまりいい気分ではないわね」
メイはすこし呼吸について意識をする。
体内に空気を取りこむ、それは外側と内側で大きく要素を異ならせていた。
「古城のエリートで優秀で優良な魔術師が作成した拒否のための魔術式。いかにご賞味していただけたってカンジー♪」
楽しそうに質問をしてきているのは、ついでに内側に侵入してきていたエリーゼの声音であった。
「うわ~、まじで簡単に破られちゃってるじゃん。マジヤバ、卍も言えないねー、これじゃあさー」
エリーゼはどうやらツナヲの使用した魔法、つまりは拒否の魔術式を破った魔法使いの御業にいたく感心しているようだった。
「ウチの魔術師が十人総動員で組み込んだ膜を、こうも簡単に破っちゃうなんて」
エリーゼの、アイスティーのように明るい、瑞々しさと活気と気力精力、その他諸々の生きていく上で必要なエネルギーに満ちあふれた瞳が、真っ直ぐツナヲの方を見ている。
「そこのミドルのダンディーさんは、いったい何者なの?」
質問に答えているのは、しかしてツナヲ本人でなくキンシの耳の形であった。
「ご存じないのですか?! なあんだ、古城の魔術師も意外ともぐりですねえ! そうですねえ!」
キンシにしてみればめずらしく自身に満ちあふれた態度をあらわにしていた。
「かの有名な「すは一大事」先生をご存じないとは、いけませんよ! それじゃあ文壇世界の流行に乗り遅れてしまいます……」
「あ、いや、アタシ普段本? とか、小説? とか読まないし……」
エリーゼがもっともらしい理由にて、魔法少女からの圧力を軽く避けている。
「氏の文章は詩的であると同時に写実的……! 比喩表現の数々は音読しても楽しめる工夫がそこかしこに張り巡らされていて……──!」
しかし魔法少女の熱量が収まりきらないのを、当の本人であるツナヲが面白そうに微笑みながら眺めていた。
「なんだか楽しそうだね」
ツナヲは気軽な様子でエリーゼに状況についてを窺っている。
「魔法使いが元気なのは良いことだけどね~」
問いかけられた、エリーゼはとりあえず答えられる分だけの解を言葉の上に用意していた。
「必要以上に反抗せず、かと言ってこちらから自発的に飼い殺しにはしない。していない、って言った方がいいかな?」
エリーゼの、魔術師の視線はキンシの、魔法使いの少女のいる方角へと向けられ、固定されている。
だが、眼球の見る先は魔法少女の存在とは別の、そこからさらに向こう側に位置する概念へと差し向けられていた。
「ともあれ、彼らについては増やしすぎても仕方ないし、かと言って全部を完全に排除することも出来ない」
言葉は、どうやらツナヲの方に送られているものであるらしかった。
ツナヲは唇を閉じたままで、兎のように長く柔らかい聴覚器官を魔術師の声がする方角へと、小さく傾けている。
「そうしなければ、いったい誰があんな風に……喜んで、自発的に恐ろしき人喰い怪物と触れ合おうだなんて、誰も思わないってカンジー?」
真面目ぶった様子から、いつも通りの軽薄な気配を若干無理矢理に取り戻そうとしている。
魔術師が無理をしようとしている。
そんな最中にて、魔法使いたちは目的のものを怪物の死肉から見つけ出していた。
「あ! ありました、あそこですよ」
キンシが大きな声をだして、目的の物品を発見したことを周辺のヒトビト、つまりは自分に関連するニンゲンたちに周知させようとしていた。
「さてと」
そして考える。
ありがとうございます。




