魔法少女の唾液がすべてを解決したらいいのに
こんにちはお世話になっております。
「……」
メイはすこし考えたあとに、とりあえず簡単に考えられる内容だけをキンシに伝えていた。
「だからこそ、じゃないかしら?」
「と言いますと?」
キンシは目の前の対象に注目していながら、視線をそのままに、質問文だけを白色の魔女に差し向けている。
「だって、うっかり人喰い怪物さんの目が覚めて、そのまま喉の奥に飲み込まれたら、そのまま死んじゃうじゃない」
メイは状況を想像する。
想像しただけで、彼女の体表に生えているフワフワの白い羽毛がそのシルエットをシュッと補足させていた。
「その心配はご無用です」
白色の羽毛を持つ魔女の憂いを、キンシは明朗な様子で否定しているだけだった。
「なぜなら僕がちゃんと殺しましたからね」
そういいながら、キンシはハッと別の要件を頭の中に思い出していた。
「そういえば、僕の武器をまだ回収していませんでした」
「ああ、そうだったわね」
さて、問題をまずは一つ解決しなくてはならない。
「たしか、怪物さんのおしりの穴に刺さっているんだったかしら?」
メイは人喰い怪物に近づこうとする。
誰かが呼び止めるような声が聞こえたような気がした。
のは、もしかすると遠巻きに眺めていた魔術師の一名様が、幼女のような姿をしている彼女が恐ろしき人喰い怪物に安易に近づこうとしている、その状況に異常性を見出していた。だからなのかもしれない。
魔術式が作動する。
異物を感知した膜が、接触に関して互いに痛みを伴わせていた。
静電気が走ったかのような痛み。
「きゃあ?!」
事実、人喰い怪物の死体に触れようとしたメイの指先を、灰色の電流がまたたきと共に彼女の指先をわずかに焦がしていた。
「お嬢さん!」
防護魔術の反応、それに連なる被害にキンシの鼻腔が広がる。
「ちょっとちょっとちょっとー!」
意外にもにも怒りを最初にあらわにしたのは魔法使い以外の存在、エリーゼの唇であった。
「誰なのー! こんな強力な拒絶魔術式を作ったのー!」
エリーゼが部下である魔術師たちに叱責をしている。
「これじゃあ大事な身代わり……。……じゃなくて、魔法使いの皆さんが敵性生物に近づくことも出来ないじゃないー!」
ああ、やっぱり「身代わり」であると、そうとしか扱っていないのだと。
メイとトゥーイは魔術師の何気ない一言に傷つき、そして諦観をより確固たるものにしている。
「あわばばばば……!」
幼女と青年が納得している。
そんな最中にて、キンシはただただ慌てふためくばかりであった。
「メイお嬢さんのお爪が焦げてしまいました……どうしましょう? ここは僕が舌でなめて治癒してさしあげなくては……!」
魔法少女であるのならば、もしかしたらその治療方法である程度、問題を解決することが出来たのかもしれない。
それはそれで見てみたかった。
と思っているのは、この状況をただ楽しむ魔法使いがひとり。
「その展開は後にしよう」
老人の声。
落ち着いた声音に、キンシはツナヲの方へと視線を移している。
「ですが……ツナヲさん」
「膜が邪魔なら、オレがちょちょいっと、破って差し上げよう」
魔法少女の憂いを祓うように、ツナヲは右側の人差し指をつい、と魔術式の表面に触れ合せている。
魔術式がまた作動して、対象を排除、拒絶しようとした。
「……」
しかしそれに構うことなく、ツナヲは指先の微かな動きだけで、魔術式の命令文を凌駕する意味をまく祖注ぎ入れていた。
少々の痛みがあったかもしれない。
しかしツナヲにとってはさしたる問題では無いようだった。
人差し指を少し割りいれ、間へと捩じりこみ、そのまま内側へと沈み込ませる。
透明な膜を掴む。確かに存在してはいる、いるのだが、しかし他人の魔術式をこうも簡単に自分の認識の中に取りこみ、受け入れ、認識、理解をしている。
「ほうほう……?!」
ツナヲの御業に関して、エリーゼが珍しく動揺を込めた尊敬のまなざしを向けている。
彼女のアイスティーのように明るい茶色の瞳が見つめる先、視線を追いかけて、キンシは老人の魔法使いが魔術の膜を破る瞬間を見守っていた。
「よし、このぐらいでどうかな?」
ツナヲはあっという間にヒト一人、つまりは十九を超えたニンゲンが一人通過できる程度には引き裂かれている。
ちなみに男女兼用にも対応できる程度には、穴には余裕もある。
「ほら、開けましたよ」
ツナヲは恭しく、キンシの通過を指先から意識の全てに望んでいた。
「御通りなさいませ。道は開かれている、貴女方のために。麗しのマドモアゼルたち」
自分自身の有用性を主張するよりも、それ以上に、ツナヲは彼女たちのために動くことに喜びを抱いているようだった。
「んぐるるる……」
「あら、どうしたの? キンシちゃん」
気持ちに甘えてさっさと道を進もうとしているメイが、振り向きざまにキンシの様子をうかがっている。
「ううう……」
キンシは、どうやら泣いているようだった。
少しだけ泣いて、それ以上に自らの内に強い感動を覚えているらしかった。
「キンシちゃん……」
これは面倒くさいことになる。
そう自覚した上で、メイは魔法少女に問いかける。
お疲れ様ですありがとうございます。




