燃える物はさらに燃やしてしまおう
ありがとうございます。
魔術師はメイと視線を合わせようとしている。
しかしながら、それはただ単に自分側の持論を主張するのに不都合が無いほうを選ぶ、場面において優位に立っている側ゆえの選択でしかなかった。
「大丈夫だよ~、カハヅ博士のところのお嬢ちゃん~」
エリーゼと言う名の魔術師は、メイのことを情報としての呼び名で扱っている。
「まだ彼は消化されていない、全部食べられていない。だから大丈夫♪」
まるで通販番組で決まりきった宣伝内容を唄うように主張するかのように、エリーゼは軽快な様子で人差し指を上に、雨空に向けてまっすぐ立たせている。
「最悪目玉の一個さえ残ってたら、古城の再生魔術式で記憶も意識も……こころと呼べる全部は再生できるからさ」
「そう、なの?」
古城の再生技術についてまだまだ知らないことがたくさんある。
「そうだよー」
白色の魔女の不信感をそれとなく察したのか、エリーゼは左斜め上に視線を移して少し昔のことを思い返している。
「さいきんの大きな症例だと、カハヅ・ルーフって言う患者の再生を行ったばかりかな」
名前の登場に関して、彼らの反応は実に様々であった。
「……っ!」
息を呑む。飲み下した空気の質量以上に、感情を抑えきれないのはメイの薄い、肉の少ない胸元であった。
「お兄様」
彼の事を意味する呼び名を使おうとした。
しかしすぐに、白色の魔女は自分の認識と世界の感覚の違いに気付いている。
「その、少年がどうしたのかしら?」
すでにいくらか手遅れではある。
そのことを自覚した上で、しかしそれでもメイは他人行儀の姿勢を諦めようとはしなかった。
「怪獣に変身したのを、なんとか、出来るだけ元々の「人間」の形状に戻すのに、そりゃあもう、古城側の再生担当魔術師が……。あ、名前はデモン・アテコっていう美人な女医さんなんだけど」
エリーゼは固有名詞らしき言葉を使っている。声の雰囲気からして、その女医は少なくともエリーゼにとっては自陣側、味方に属する存在であるらしい。
「彼女の再生魔術式で、とりあえず? たぶん? おそらく?」
確定的ではない、ということをエリーゼはこれでもかと主張してきている。
「ともかく、もともとの「人間」の姿を取り戻すことが出来たってカンジー?」
「なんだ」
残念がっているのは、キンシの唇の形であった。
「つまらないですね。せめて、もっと違う姿になったら、色々と面白かった……──」
「キンシちゃん」
メイがこちらをじろりと睨んでいる、それに気付いたのか、キンシは慌てて口をつぐんでいた。
「──……っとと、んぐるる……失礼、ついつい本音が出てしまいました」
内容が本音であることこそが、メイにとっては受け入れ難い言葉の大きな要因であるのだが。
白色の魔女が不快感を露わにしているのに対し、追い打ちをかけるように笑い声を重ねているのは魔術師の喉もとであった。
「確かに~。せめてもう少し面白い形に変わったら、もっとイイ感じのネタになったのにさ~」
それはそれとして、エリーゼは再び視線をトゥーイの方に戻そうとした。
「亀裂性湿疹とは……いわゆる皸。乾燥や水仕事、冬場の寒い環境などをきっかけとして引き起こされる症状のこと。
出血、痛みやかゆみの症状が見られます」
他人の視線を受け取った。
トゥーイは中断させていた症状についての説明を再開していた。
「成人に限定されることなく幼い年齢の人間にも該当する可能性があります。そういう病気なのです。気を付けましょう」
機械的な音声。
それは彼が首元に首輪のように巻き付けてある、発声補助を基本の機能とした装置から発せられている人口の音声であった。
「そうそう、そういうカンジ……──」
情報に間違いがないこと。おおよそ自分にとって既知である内容を確認した。
そのところで、エリーゼはふと、新しい違和感を胸の中に転がしていた。
「──……ん? んん?」
エリーゼは、人口の音声が鳴り響く方角に一歩二歩、爪先を近付かせている。
「んんん?」
ズイズイと顔を近付けてくる。
「…………」
そんなエリーゼに対して、トゥーイはあからさまに不快感を示すように、それを隠そうともせずに眉間に深いしわを刻んでいた。
しかし青年に構うことなく、エリーゼは自らの内側に生じた不審の念をより確固たるものにしようとし手いるだけだった。
「うん! うんうん!」
何かに納得したかのように、力強いうなずきを三回ほど。
「やっぱり似てる!」
エリーゼは確信を抱いているようだった。
「少年とキミ、すっごく似てるよ」
いつになく真面目ぶった様子で、エリーゼは少年と青年の類似性について意見を求めていた。
「ねえ? そー思わない? とくにこの目元の辺りなんて……」
そう主張しようとした。
そのところで。
「…………」
トゥーイは女性の胸元をパァンッ! と激しく触っていた。
実に正々堂々とした痴漢行為。
しかしながら青年にとっては自分の社会的地位が失われること以上に、疑問点を追及される事こそ、その方が「嫌」と思う、思わざるを得ない内容であるらしかった。
お疲れ様です。




