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明日まで待てないな早く殺したいな

こんにちは。

 立ち上がろうとして、しかしまだ上手くそれを実行することが出来なかった。

 直立するためのバランス感覚をすっかり忘れてしまっているようだった。

 俺はうずくまるような格好にて、まだまだその場に留まることしか出来ないでいる。


「いきなりの稼働は無理があるよー」


 背後から声が聞こえてきた、それはマヤの喉元から発せられているものだった。


「それにしてもびっくりしたァ」


 相変わらず場面の危険性にそぐわない穏やかさ、和やかさにて、彼は自分の専門に属することだけに注目をしているらしかった。


「接続した瞬間に、一瞬でも通常生活を送れるレベル、肉体とのリンクレベルを高めるなんて、どこぞのチート異世界転生者なんだよってカンジー!」


 宝石店の店員が話しているとおり、ほんの少しのあいだだけ、俺は比較的まだ「健康」だった頃の肉体の感覚を再生することに成功していた。

 そのはずだった。


「でもやっぱり動けないってことは、べつに異世界転生チートでも無ければ天才でもないし、秀才にすらなれない凡人ってことかなー?」


「それは……ずいぶんとまた、身に余る言葉だな」


 不可能が一つ減った事実だけが、今だけ、この瞬間において俺のなけなしの自己肯定能力を(たぎ)らせている。


 さて、泉が枯れないうちに行動を起こさなくてはならない。

 ある種強迫観念のような気配のある思考が俺の全身へ熱を灯していく。


「ルーフ君」


 思考に救済を与えるかのような声。

 それは教会の清らかな祝福の鐘の音のように重厚なメロディーを持っている、ような気がした。


「ハリ」


 見上げれば、うずくまっている俺のことを見下ろす魔法使いの両目があった。


「右足、無事に取り戻せたようですね」


 まだ薬品の催眠効果、麻酔機能がうっすらと残っているのだろう。

 ハリの目、右目の緑が妙に鮮やかに見えて仕方がなかった。


「よくお似合いですよ。さすが、ミナモさんのデザインです」


 仕方ないので左目を見つめようとする。

 緑色よりはましであると、俺は金色にきらめく魔法使いの左目に、今は安らぎのような感覚を抱いていた。


「それでは、俺もあれを殺すための仕事に参加させてもらえるのか?」


 主語をかなり(はぶ)いてしまっている。

 もう少し詳しく自分の心情を説明しなければ、要求としては不十分すぎる。

 そのことは十二分に自覚していた。


 その上で俺は魔法使いに主張しようとしている。

 自分の感情、願いや行動の指標を強く欲していた。そうせずにはいられないでいたのだ。


「んぐるるる……?」


 俺からの要求に、どうやら魔法使いは戸惑っているらしかった。


「いや、ですが……まだ義足に体も慣れていらっしゃらないというのに、いきなり実戦投入は……」


 おそらくハリが、魔法使いが語っている内容は正しいのだろう。

 こちらはまだまだ不十分すぎる、満ち足りていない、機は熟していない。


 青い柿の様な硬いこころで、透明な硬度だけを頼りに俺は自らの肉体に魔力を意識させる。


 呪文を唱える。

 言葉は、いまから考えればいい。


「否定

 わたしがわたしを語るほどに、わたしはわたしから遠く離れていく

 これは自己満足のための戦いではない

 これは自己否定のための戦いではない

 これは自己認識のための戦いではない」


 これは目的のための戦いである。

 怪獣を助けなくてはならない。


 異世界転生者でも無ければ転移者でもない、召喚という訳でもない。あれはただの、この世界のニンゲンでしかないのだ。


 俺は両手を合わせて祈るようにする。

 密着させた手の平を離す。


 そうすると、内側に空気の揺らめきが生じていた。


 ゆがみはすぐに実体を獲得する。

 俺の手の中に、一丁の小銃……にとてもよく似た魔法の武器が発現していた。


 武器を両手に、俺は足を延ばして銃床と体を密着させる。


 難しいことはあまり考えないようにする。

 本物の火器のように、正しく美しく累積した知識と日々の鍛錬の積み重ね、あるいは愛と希望にも勝る好奇心と友達である愛でもいい。


 本物を使うためにはそれらが必要となる。

 だが、それらの輝きは俺には持っていない品物でしかなかった。


 無いものは、今は仕方ないと諦める。

 しかし攻撃の方法がすべて否定されたわけではない。

 分からないなら分からないなりに、使いかたの一端でも触れられればそれでいいのだ。


 引き金に触れようとした。

 それがどんな意味を持つのかも知らないで、俺はただがむしゃらに相手を殺そうとするばかりだった。


「待て」


 俺を呼び止める声が聞こえた。


「殺すつもりか?」


 それは魔術師の声だった。

 敵意がある、そう感じた。

 直感……? 仮に俺のような凡庸なるクソ人間にもそのような機能が備わっていたとしたら、まあ、これからも大事にしたいと思う。ただそれだけの事。


 それよりも今重要視しなくてはならないことは、俺の頭部を狙ってエミルが銃口をまっすぐ向けてきていること。そのことについてである。


「ああ、殺すつもりだが?」


 嘘をついてはいけない。

 全てを明かすまでもなく、それとなく、俺は自分が間違っていることに気付きつつあった。

よろしくお願いします。

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