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六十秒で全てのことは片付けられるってカンジ

こんにちは。

「あっれれェ~? あれれェ~? おっかしいなあァ~???」


 息ができない! 苦しい。薄れそうになる意識の上、マヤの声が強烈な(いや)らしさを伴って響いてきていた。


「やっぱり薬品が足りなかったかな? なんかすっげー苦しそう……カワイソウ……」


 「やっぱり」? 「やっぱり」? ってどういうことだ。

 まさかこんな凶行が、マヤにとっては予め用意された計画のひとつでしかないと、そう証明するのに十分すぎる供述ではなかろうか。


 これは追及をしなくてはならない。そうしなければ、もしかすると俺は死ぬかもしれない。

 ある意味においては期待に近しい感情。


「カワイソウだけど、だけれど、仕方ないよね」


 しかし声は届かないし、俺はまだ死ねなかった。


 マヤが俺の下半身に触れて、冷たい「何か」を肉に押し込んでいる。

 グイグイと、グイグイと。硬いモノを捩じり入れられている。


 中身が掻き乱される。

 甘いヨーグルトが銀の(スプーン)に混ぜられるように、俺の肉がぐちゃぐちゃになっていった。


 痛い痛い痛い、痛い痛い痛い、痛い!


「痛い!!!」


 急に意識がはっきりと取り戻された。

 息の仕方を思い出した。その後にすぐに俺は叫び声をあげている。


「何しやがるんだ! やめろ! このクソがッ!!!」


 おおいかぶさってくる対象を、蹴り倒す。

 蹴り倒した。

 対象、すなわちマヤの体が後方に大きく吹っ飛んでいった。


「ぎゃあ」


 くぐもったうめき声をあげる。

 全力で蹴り上げたので、それなりにダメージを与えることには成功したらしい。


「痛てて……」


 六儒センチほど離れた場所でうずくまるマヤの声を頼りに、俺はふらつく体を前に這わせようとした。


 ……そうするより他はなかった、なぜなら俺には右足が無いのだ。


 ……だが、まだ右足があったころの、怪獣になる前の肉体の記憶と言うものはなかなか消えてくれないらしい。

 ただでさえ宝石店の店員であるクソ野郎に盛られた薬品の影響で意識が朦朧(もうろう)としてしまっている。


 記憶はブレブレ、ふらふらと俺は立ち上がろうとした。

 それはできないはずだった。


 なのに。


「あれ?」


 忘れていた高さ、空に近いところまで俺の視界は上昇していた。

 立ち上がっていた、地面に「両足」つけて、俺は自分の身長に許された範囲まで視界を上層へと運んでいた。


「あ、ああ……?!」


 これは、なんということでしょう!


「足がある???!」


 自分の足で俺は世界に立っていた。

 足が無いはずの俺が立てる、ということは、そのために必要な器官が補足された。

 ということである。


 視界が傾いた。下に落ちる、倒れている。


 転げ落ちた。俺の体重を古城の草と土が柔らかく、じっとりと受け止めた。


 落ちた、落ちることが出来た。

 重力の感触が全身に、麗しのガブリエルの香水が紡ぎだす残り香のように、色濃く美しくまとわりついてきていた。


 転んだ衝撃で頭が揺れる。

 痛い。


 しかし肉体の痛み以上に、俺は痛覚よりも強烈で鮮烈な感動をこころに覚えていた。


「やった!」


 叫んでいるのは、誰だったか。

 聞き覚えがある。心地良い低さ、冬の晴れた昼下がりの小川のように滑らかな声音。


「王子様が立った!」


 まるでアルプスの雄大な自然が起こした奇跡のような、そんな感動を込めているのは魔法使いの唇の内層だった。


 声のする方に視線を向ける。

 そこでは魔法使いが笑っていた。


「ついにですね! いよいよです……」


「ハリ」


 俺は魔法使いの名前を呼んだ。


「…………先生」


 ハリのことを意味する、彼を対象とした俺なりの呼び名前を使う。


 嗚呼、早くもう一度彼のもとに近づかなくては。


 その願いはただ単に距離の問題であったのかもしれない。

 色々とイベントを詰め込みすぎて忘れそうになっていたのだが、今はまだ怪獣と戦っている真っ最中なのである。


 下手をかましたら俺までマヤのように、怪獣にパックリと捕食されてしまうかもしれないのだ。


 危険性を回避するためにはやはり戦える人間、例えばハリのような元気な魔法使いの近くに逃げることが必要不可欠なのだろう。


 いまの俺ならそれが出来た。

 足を得た、右足を獲得した俺なら、俺一人だけでも可能なこと。

 ただそれだけの事、そう……「それだけの事」になれたのだ。


「…………ッッッ! よっしゃあッ!!」


 うつぶせの姿勢で歓喜の雄叫びをあげる。

 叫び声は俺と地面の間にくぐもり、個人的な肉と骨と皮だけが音色の振動に震える。


 まだ完全に戻ってはいない、だがこれで不可能ではなくなった。


「………!」


 俺は勢いよく上半身を起こし、自分の状況を再確認しようとする。

 

 途端、存在している右足から右側の鼠蹊部(そけいぶ)に強い衝撃が走っていた。


「いぎッ……」


 痛覚があること、それが右足を源泉としている事実を受け入れる。

 俺は足を曲げる。

 意識に合わせて右足が肉体と一部として働いていた。


 失っていた部分に物体が存在している。

 現実はまだ受け入れられそうにない、この体に慣れるにはまだまだ時間がかかりそうだ。


 しかし無理難題では無いし、ましてや絵に描いた餅ではないのだ。


 いきなり立ち上がれなくても、これならできる事はたくさんある。

ありがとうございます。

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