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オープニングはまだまだ始まらない

こんにちは。

 口の中になにか柔らかいものを突っ込まれた。

 マヤの指が俺の咥内に侵入する、指先はすぐに喉の奥までもぐりこんでいった。


「??! あごぁッッッ!!!」


 いきなり異物が体内に侵入してきた。俺はその異常事態にすぐさま拒絶反応を起こそうとした。

 口を閉じる。喉の奥に冷たいものが落ちていく気がしたが、しかしそれについて考えられる余裕さえも持ち合わせていなかった。


「なにしやがんだテメエッ!!」


 怒りを込めて、俺は俺の喉にいきなり指を捩じりこんできた目の前の対象、マヤに食って掛かろうとした。


 腕を伸ばして、せめて襟首でも掴んで威嚇する。それぐらいの攻撃ならば、およそこの世界の常識的範疇には許されただろう。


 しかしそれすらも、俺の目の前に広がる現実の上では叶わなかった、敵いそうにも無かった。


「う……げ……??」


 世界が暗くなる。

 

 世界をうまく認識できなくなるほどに暗い、見づらい。

 いきなり夜になってしまったのだろうか?

 ありえなくはない、こんな世界、日照時間なんて限りなく無に等しいのだ。


 そういうことに気付くことが出来たのも、故郷のお日さまの下からこの灰笛(はいふえ)……別の場所に訪れて、しばらく過ごした。

 それらの生活の賜物(たまもの)ということか。

 うん、そういうことにしよう。


 現実逃避気味の自己認識のアップデートを行いたがる。

 そうしたくなるほどには、俺の肉体に生じた不快感は実に耐えがたいものだった。


「ぐ、ええ……!!」


 夜はまだ来てなかった。時刻はまだまだ昼を越えてすらいないのだ。

 暗くなっているのは俺の錯覚、視覚器官に異常が起きている、ただそれだけの事でしかなかった。


 眩暈(めまい)がしていた。

 いつの日だったか、矢張り故郷の村に降り注ぐ夏の日差しに貧血と熱中症を発症してしまった時。

 その時の感覚と、とてもよく似ている。


 世界、もとい視界に黒色の点が滲み出る。

 チカチカと明滅する幻覚、それは星空のようにキラキラときらめいていて、美しささえ想起させてきやがる。


 何かをされた。

 人体に影響を及ぼす何かしらを与えられた。それだけが頭の中にて、事実としてこの先の展開に重く苦しく()し掛かってきていた。


「な、なに……しやがった……?」


「だいじょーぶ、モーマンタイ。何も心配はいらないよ~♪」


 もだえ苦しみ、雨に濡れる草原(くさはら)に身を沈めている俺に向けて、マヤの声が降り注いできている。


 雨の音と共に落ちてくる、声はまるで賞味期限切れの寒天に包まれているかのようにひどく不明瞭であった。


「痛み止めってカンジー? しっかり飲みこめるよう、吐き出さないようにきちんと喉の奥に流し込んだから、安心して~♪」


 やっぱり先ほどの指の挿入の際に、なにかしらの薬品? 的な要素を盛られたらしい。


 薬の冷たさを思い出しながら、俺は辛うじて残っている意識の上で苦悶に舞い踊っている。


「ちゃんと痛み止めは飲まないとね。

 ……それじゃあ、さっそく……──」


 まだ何かをするつもりなのか!!?

 なんとしてでも暴れて、拒絶して、このクソみてェな宝石店の店員をぶちのめさなくてはならない。


 だというのに、俺の体は薬品の効能によってほとんどの自由を奪われてしまっているのであった。


「ちょいと失礼~♪」


 俺の苦痛などまるでお構いなしに、マヤはこれから最高にクールでファンタスティックなパーリーナイトへと招かれた客人のような、実にウキウキとした声音を使っている。


 下半身に触れる指。


「いやあ、ちょうどゆったりめの半ズボンだから、下半身触りたい放題じゃん~♪

 ダメだよー、ルーフくーん。キミみたいな赤毛のくせっ毛が魅力的で蠱惑的な美少年が、こんなAラインの膝小僧がコンニチワする半ズボンなんて身に着けちゃったら。

 そんなことしたら、この世界にあまねく存在するニチャニチャド変態ショウタロウコンプレックスおじさんおばさんのカッコーカッコーコケコッコーな餌食に為っちゃうんだから」


 それは「痴漢に遭いたくなければミニスカートを履かなければいい」並みの暴論である。


「最低最悪の文章だな……めっちゃくちゃキモい」


「おや、気持ちいいだって略せばキモいになるよね? そうだよね? っていうことは超気持ちいいんだね!!!」


 違うッ!!!

 そう叫びたかったが、しかしそれ以上の不快感が俺の身に降りかかっていた。


「ハイ挿入!」


 かけ声とほぼ同時、あるいはそれよりもワンテンポでフライングスタートしていたかもしれない。

 ともかく、俺の下半身にとんでもない痛みが走っていた。


「!!!!!!…………」


 皮膚を通り抜けてピンク色の真皮、真っ赤な血液の合間、神経の薄黄色の筋へ電流が走る。

 悲鳴をあげるよりも先に呼吸が止まる。

 息ができない、突然の感覚はあまりにも、あまりにも意味不明で、どうしようもなかった。


「ぎゃああああ」


 叫び声をあげた、ような気がした。

 確信が持てないのは、やはり宝石店の店員である若い妖精族の男、クソ野郎に盛られた薬の影響であるらしかった。


 悲鳴をあげることも出来ず、ただ息をするので精いっぱい。

ありがとうございます!

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