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振り向くな足だけを振り上げていろ

こんにちは。

 このままではいけない。カタルシスの喪失を危惧した俺は、残っている左足を全力で使用していた。

 それこそ人間が変身してしまった怪獣の姿に負けず劣らずのキモさ、(おぞ)ましさ、グロさを持っている。

 

 だがなりふり構っていられない。カタルシス、つまりは排便にも値する快楽を失わせてはならないのだ。

 本人が喪失したい、昨今の女子高生が処女をさっさと捨てたがるような要領で快楽を置いてけぼりにしようとしても、俺だけは何としてでも快感を抱き続けていたい。


 楽しみたいのだ、ただそれだけの事である。

 という訳なので、俺はなかば自分自身の体をブン投げるがごとき要領にてハリにタックルをかましていたのであった。


「んぎゃ?!」


 依然信じられないように樹木をぺたぺたと触っていたハリが、俺の急な攻撃に対応しきれず、体のバランスを大きく崩している。


「なにをするんです!」


 押し倒されたハリが、古城の地面の上、土の香りをたっぷり含んだ雑草の群れの気配をたっぷりと吸い込みながら戸惑いを口にしている。


「眼鏡を返します」


「は、はあ……?」


 というワケで俺は左手の中にある眼鏡をハリの顔面に戻しているのだった。


「フツウに返してくださいよ。なんでよりにもよって戦闘中に美少年に押し倒されなくちゃならないんです」


 文句を言いたくなるのも、そりゃあもう、十二分に分かる。

 とりあえず安心させなくては。


「大丈夫ですよ先生。怪獣なら、エミルが張り切って対応しているからさ」


 ハリに覆い被さる。とは言っても体格的にこっちは十九も迎えていないクソガキで、向こうはしっかり大人になるまで成長しきった健康体……。


 いや、魔法使いだから完全なる健康とは呼べないか。

 まあ、いい。肉体自体はそれなりに健康で、あとは無事に視力を補う道具さえ取り戻せられればいいのである。


 エミルが拳銃を撃つ。本物じみた発砲音をバッググラウンドミュージックに、俺はハリの顔面にいつもの眼鏡が取りもどされるのを確認する。


「大丈夫か?」


 問いかけた、それにハリが答える。


「だいじょう……──」


 言いかけたところで、ハリは眼球間近な違和感に気付いている。


「──って、レンズが割れてる?!」


 左右にそれぞれ色合いの異なる瞳。

 右は翡翠のように落ちついた緑で、左側にはキンポウゲの花弁のように鮮やかで鋭い金色が映えている。


「んぐるるる……世界にひび割れが走っている……」


「なに言ってんだよ先生、この世界はもうすでにズタボロでしょうよ」


 そう言いきれるほどには、俺もこの世界に慣れつつあるのだろうか。出来れば、ぜひともそうでありたい。


「すみません、俺がせめて普通に歩くことが出来たのなら、もっと手助けができたというのに……」


 状況の切迫性俺の中に慎みと悲しみを増幅させていた。


「謝罪は問題がすべて解決して、あと仕事とかお風呂とかご飯とか歯磨きとか掃除洗濯その他諸々が終わったあとで、ゆっくりとお茶でも飲みながら聞きますよ」


 ずいぶんと時間がかかりそうだ。

 俺の体を軽く押し退けて、ハリはふらふらと立ち上がる。


「もしかすると……んるるる……」


 なにやらぶつぶつと悩んでいるようだった。


「エミルさん!」


 ハリが魔術師の名前を叫んでいる。

 呼ばれた彼が、魔法使いの方にチラリと視線を向けている。

 青空のように青い瞳、しかし右目は偽物の眼球であって本物ではない。


 ハリがエミルに提案をしている。


「久しぶりに機関銃でもキめませんか?」


 魔法使いに求められた。

 しかしながら他人の声を必要とするまでもなく、エミルはその武器を使うことを可能としている。

 彼にはそれが出来ていた。


 そしてそれは彼にとっては簡単なことで、俺やハリにとってはとても難しいことだった。


 なにはともあれ、エミルは次の武器を、持っているだけの部分を気軽に使おうとしていた。


「よっこいしょういち」


 すっかり使い古されて、春の木漏れ日のようにうららかで穏やかな曲線を描きながら擦り減った言葉。

 小さな掛け声の後に、エミルは右の足の裏を大きく上に振り上げていた。


 黒い革製のビジネスシューズの靴の裏、表面とおなじカラーリングのゴム材な靴底が雨に濡れる。

 空から落ちてきたばかりの雨が触れている。

 天と向き合えるくらいには、柔軟にエミルは自らの右足、靴の裏を上昇させているのであった。


 なんという体の柔らかさ!

 やはり魔術師と言うのは体の柔軟力も求められる仕事なのだろうか?


「……そういう訳じゃ無かろう」


 俺の言葉をちいさく否定しながら、ミッタが何やら俺の内側の奥底へと潜り込もうとしていた。

 声が奥底に潜りこむ。と言う感覚がどのようなものなのか、説明することが出来なかったのは感知したのがこの場面で初めてであるから。


 だからうまく説明できないと、この場合は簡単に片づけてしまう。ということにする。

 サクッと終わらせたいと思ったのは、目のまえでまたしても新たなる武器がこの世界に発現しようとしているからであった。


「あれは……?!」


 変化はあまりにもすさまじいものだった。

ありがとうございます。

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