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三角ボタンは雷魔法でセッティングする

こんにちは。

 しかしながら懸念すべき事柄は他にも沢山あるのであった。


「見えない、眼鏡が無ければ何も見えない!」


 まずもって優先すべきなのはハリの、魔法使いの視力の確保であること。それは確実な事項ではある。


「あのー……先生?」


 眼鏡と言う名の視力補助器具を握りしめたまま、俺はハリの安否についてを確認しようとした。

 しかし、俺が口を開くよりも先に、魔法使いは最も優先すべき内容、命令文を己の身体に向けて発信し終えていた。


「逃げますよ!」


 裸眼であっても、ある程度の存在は認識できるのだろうか?

 そこになにかヒトっぽい物がある程度には、視力は機能しているらしい。


「ぐえ」


 首根っこ。襟首の後ろから少し右横寄りの部分、衣服ごと体を引っぱられた関係で俺の呼吸が少しだけ阻害されている。


 それを不快に思うかどうか、イエスかノーかで問われれば後者を選ぶ。

 というのも、息を止めるぐらいささいな問題だと思う、思うほどにはこの場面には危険が満ち満ちているのである。


 引っ張られて場を去った。俺たちがいたところに、丁度怪獣の体がどっかりと倒れこんできているのであった。


「  あああああ  あ  ぎゃあぎゃあぎゃあ   ぎゃあぎゃあ おぎゃあ おぎゃあ おぎゃあ」


 生後一カ月の赤ん坊か、あるいは夕暮れの道はずれから聞こえる小学生の正体の無い叫び声、もしくは宵闇に轟く発情期の野良猫の鳴き声。

 とりあえずある程度の非日常を期待してしまいそうなメロディーをこぼしながら、怪獣は草木の上でモゾリモゾリと蠢いている。


「危っ……ぶねェー……!」


 ハリに襟首を掴まれたまま、ズルズルと引きずられながら、俺は思わず感嘆の吐息を吐き出している。


「危うくのしイカになるところだったぜ……」


「そっちの方が面白そうだけどな」


 とんでもないことを言っているのはエミルの口であって、決して魔法使いによるものではなかった。


「なにを言って……」


 その辺りになって、ハリの方でも現状の主たる原因がなんであるか、誰であるかを思い出していたらしい。


「じゃなくて、エミルさん?! アゲハ・エミル氏!!」


 ポイッと俺をほっぽり出して、ハリがエミルに食いかかっていた。


「いきなり何しやがるんです!」


 怒り狂うのも当然の権利と言える。

 ハリはたったいま、味方であるはずのエミルからヘッドショットを喰らったばっかりなのである。


「どうしてくれるんですかこれ!」


 ハリは目に見えるなにかしら、エミルだと思っているものに向けて、自身の側頭部を見せつけている。


「ボクの鼓膜石(こまくいし)が、粉々になってしまいましたよ!」


 少し伸び気味の髪の毛を指で小さくかきあげれば、ハリのもう一つの耳があらわになる。


 形状は、「普通の人間」がもつ耳によく似ている。

 ただ「普通」と異なっているのは、耳が皮膚としての重さではなく、水晶のように冷たく透き通った形質を持っていることだった。


 ふと思い出す。

 俺は右側の手の平に握りしめたままだったかけらに視線を落とす。

 俺の体温のせいで、溶けてしまった冷凍蜜柑のように生ぬるくなったかけら。


 うっすらと緑色を帯びている。色はハリの側頭部に生えている器官と同様の色彩を有している。

 それもその筈で、かけらはもれなく魔法使いの頭部からはじけ飛んだばかりの一品であるからだった。


「あの……ハテナ先生、じゃなくて、ハリ……?」


 せめて耳の一部だけでも返さなくてはと、俺は左手を隠しながらソロリソロリとした動作で右手を魔法使いに向けて差し出そうとした。


「これ、落ちたかけらなんだが……」


 しかしながらハリは俺の言葉に耳をかたむけようとはしなかった。


「ちょえす!」


 渾身の怒りを込めて、ハリは目の前の対象に拳を叩き付けている。


「こんちくしょう! ボクがこの世界の人間じゃなくて、例えば異世界転生したばかりのうら若き十六歳男子高校生将棋大好きっ子だったら! そうだとしたら、フツーに死んでましたよ! 

 お亡くなりのご臨終です!」


 拳を突き付けられた物が大きく揺れ動く。

 ハリはやはりかなり動揺しているらしく、また視力も眼鏡が無いとではかなり心許ないものであるらしかった。


「ハリ」


 エミルは淡々とした様子でハリの後ろ姿を見ていた。


「なんですか……?」


 いくらか冷静さを取り戻しつつある。

 その辺りにて、ハリは声が目の前では無く後ろから聞こえてくることに違和感を抱いているようだった。


「んるる?」


 もう一度手を前に、殴ったばかりの対象に再び触れる。


「それはオレじゃなくて、ただの樹だよ」


 エミルは声音こそ物静かに、しかして口元にはニヤニヤと愉快そうな、そこそこに意地汚い笑みを浮かべているのであった。


 いたたまれない。

 先ほどからハリは、彼はその辺にたまたま生えていた樹木をエミル、つまりは自分をヘッドショットしやがった相手だと思っているのである。


「羞恥心!」


 ハリはその場で崩れ落ちている。

 先生が苦しんでいる、いや……いらっしゃる!

 

 何とかしなくては。このままだと精神的なショックでもう二度と排便とイラストレーションの制作が出来なくなってしまう。

ありがとうございます。

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