壊れかけのレディオの方がうらやましいな
こんにちは。
「い、いいい、い……生きてる?」
信じ難い光景ではある。
「いかなる状況でも冷静さを欠いちゃいけないよ」と言ってたのは誰だったか、誰でも言いそうな、ありきたりな言葉である。
しかしながら今の俺は、そんなクソつまらない言葉に縋りつきたくなるほどには動揺していた。
しまくっていた。震える俺の手の中にて、ハリが呻き声を喉元から漏らしていた。
「んぐるるる……頭がぐわんぐわんします……」
まるで飲み会の翌日に二日酔いに苦しむ健全な社会人のような苦しみである。
本当に大丈夫なのだろうか? 俺の見間違いだったのだろうか?
いや、そうじゃない。確かにエミルの撃った凶弾は、ハリの頭部に見事命中していたはずだ。
「ぐ、グチャグチャとかではなく……??」
「さっきからなにを言っているんですか? ルーフ君」
記憶があいまいなっているところを見ると、さすがに全くのノーダメージという訳では無いようだった。
だとしても、腕の中からムクリとハリの上半身が起き上がっていく、その光景はとてもじゃないが安心して受け入れられる光景とは言えそうに無かった。
パラリ……。
動揺しきっているこころの中、しかして視界だけは妙に冷静にハリの頭部から欠落した一部分を視認していた。
「あれ、何か落ちた……?」
拾い上げたそれは水晶のかけらのような透明度を持っていた。
無色透明……と思うが、光の具合ではうっすらと緑がかっている、ような気もしない。
「ああ、ボクの鼓膜石」
この世界における人体の一部分の呼び名をハリが口にしていた。
たしか……こんなお話だったような気がする。
…………。
「いやいやいや……目の前に血に飢えた怪獣がいるってのに、こんな老いぼれの昔話なんて思い出している場合じゃないだろうがよ」
まあまあ、そんなこと言わずに。ほら、こういう時だからこそ、愛しい家族の声を思い返したいんだよ。
「かっこつけてるけどさ、僕って君に殺されたんだよね? ナイフでズタズタにされたんだが?」
俺のお爺さん、カハヅ・トウゲン博士が不満げにしている。
「それこそ銃で撃たれるより酷いってのに……。まあ、君が、王子様が望むのなら、博士は正しい情報を授けるよ」
よろしくお願いします、博士。
「鼓膜石っていうのは、まあ僕たちN型の人間……「普通」の人間においての耳と同じような器官だな。
普通の耳と違うのは、獣人族の場合は頭部に別の聴覚器官をそなえているって言う点が上げられるね。
僕たち「普通」の人間と異なり、彼らの耳はとてもこの世界に順応している。
聞こえやすさは個人の聴力だのみで、そうなると僕たちよりも耳の悪いヒトならたくさんいるけども。
それよりか、いまは別の器官の話しだったか。
鼓膜石は、つまりは獣人族が元のベースだった人間の名残として残した、どちらかと言うと魔的な存在に属する器官であって……」
とどのつまりどういうことなのか?
かいつまんで説明してほしい。
「あー……えっと、うん……ケモノ耳を持ちながら、眼鏡を身に着けることが出来るんだよ」
なるほど。それは実に素晴らしいな。
「ホント、素敵だよね。ほら、見てごらん」
…………。
ハッと目が覚めた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
この文章表現はいささか過剰すぎる節がある。
と言うのも、音があまりにも身近すぎて、少なくとも俺にとってはとんでもない轟音のように聞こえて仕方がなかった。ただそれだけの事である。
「ボクのっ! 眼鏡がっ!」
「あ?」
はて、この魔法使いは俺の耳の近くで何をそんなに叫び、嘆いているというのか。
答えはしかしてすぐに俺の肉体へと、割かし調節的な痛みを伴って証明されていた。
「痛って……?」
左の手の平に痛覚が走る。
皮膚の表面にささやかな切り傷がうまれ、中身から新鮮な血液がプックリと膨らむ。
「あ」
見れば、俺の左手のひらの下側にて、一個の眼鏡が破壊されてしまっていた。
ノンフレームのいたってシンプルな作りの眼鏡。
楕円形の二つのレンズ、実際に装着した場合に左目を補助するであろう役割のレンズ。
その一枚が俺の手の平、体重や支点力点作用点のあれやこれやに圧迫されてしまっている。
そうは言ってもガラスなのだから、俺一人の体重ごときで完全なる破壊が為されているという訳では無かった。
せいぜい俺の軟でチンケで、なんの価値も生み出せない手の平に小さな切り傷が出来た程度。
だったら眼鏡もまあ、それなりに無事かもしれない。
と、産まれてこのかた一度も視力補助器具に頼ったことの無い、眼鏡界隈ではド素人もいいところの俺が勝手に判断を下している。
「すまない」
とりあえず、大事なアイテムに危害を加えてしまったことについての謝罪。
「でもほら、レンズは大体無事……──」
言いかけたところで、「あ!」と気付く、気付いてしまった。
「やっべ……」
眼鏡はちょうど左側のレンズにヒビが走ってしまっているのであった。
どうしたものかと、考えがあれやこれやと頭の中を、大して早くもないスピードで駆け巡っていった。
ありがとうございます。




