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方法が欲しいよついでに愛も欲しいよ

こんにちは。

 ハリが怪物に向かって飛んでいった。

 彼の後ろ姿の向こう側、敵の姿を俺は両方の目でしっかりと確認する。

 右目は「怪獣になった」、ニンゲン以外の何かになった影響でまだ少しブレがある。


「あれは元はみなさんと同じ、だいたい同じような形と意味を持った個体だったんだよ」


 観察眼の最中(さいちゅう)、エミルの声が聞こえてくる。

 そういえば、「患者」っぽいようなことを言っていたような気がする。


「ほら、この前にもお前さんが同じような症状に陥っただろ? まあ、あの時と大体同じような状況だな」


 怪物の姿は……やはり最初に抱いた感想とほとんど変わりはないように思われる。

 しかし魔法使いどのにはいたく不評であったため、仕方ないのでもっと別の表現方法を模索することにする。


「体内の魔力が異常に増幅して、増え切った分が肉体の機能で捌けなくなる。

 そうすると、まあ……瘢痕(はんこん)だったりケロイドみたいな仕組みで、肉や皮膚や、骨が「人間」の規定から大きく外れることになるんだ」


 エミルは「人間」の部分をことさら丁寧に、慎重に発音させていた。と、いうのはあるいは俺の耳の勝手な受け取りようなのかもしれない。


「アレなんかは分かりやすい症例だよな。見るからに肉がぶくぶくに膨れ上がって、すっかり元の形を忘却しちまっている」


 魔術師が語る通り、その「怪獣」はあからさまに人間の姿を忘れてしまっていた。


 大きな芋虫、あるいは不揃いな形の手作りソーセージ、ミミズを半分ほど踏みつぶしたような形状。

 健康な爪のようなピンクから、顔面に当たる部分まで色が濃くなり、口周りの色彩はサーモンピンクと呼称できる程には濃密だった。


 顔は、それなりに人間らしい形状を保っているとは思う、あくまでも個人的主観でしかないが。


 口があって目がある。口の中には白色の歯並び。ホワイトニングがよく効いている、軟骨くらいならバリボリと景気よく噛み砕けそうだ。


 しかしながら八メートルほどの長さがある肉体がゆえに、その口の形は「普通」であったとしてもサイズ感は実に規格外である。

 四十センチほどの幅があれば、大きく開く必要性もないままに、(つい)ばむような気軽さにて俺の頭部は丸呑みにされる。

 そしてそのまま首ごと噛み千切られるのだろう。


「通報があったのが一日前のことで、対象は最初二メートル程の大きさの肉塊として部屋の中を這いずりまわっていた」


 なるほどたしかに、あれほどたくさんの突起物があるのならば、ニンゲンごときが生活する程度の部屋など簡単に掌握できるのだろう。


 ある場所には排水管のような形状の謎の管が生えており、パイプの内側からは赤色の液体、……おそらくは血液か何かしらの体液がボタボタと垂れている。


「古城にて受け入れた後にも魔力の増幅は継続され、対象は一晩で三メートルを超えるほどに増えた。そして現状が、たったいま君が見ているとおりだ」


 一本だけ、寂しげに揺れているのはヒトの形を保ったままの左手であった。

 とは言うものの、浮腫(ふしゅ)を患った病人のように膨れ上がっているそれは、見ようによっては巨大なソーセージに赤ん坊の()()が生えているような奇妙さしかない。


 考えながら見ている。そうしていると、赤ん坊じみた左手が根元から切断されていた。


 柔らかいものが硬いモノに切り裂かれる。

 肉の内部には骨が存在していたらしい。気付くことが出来たのは、ハリの持つ刀が生み出した断面図に白色の密集が確認できたからだった。


「ふしゃあああ!」


 野良猫の威嚇音のような声が聞こえた、それはハリの唇から発せられたものだった。


 刀に切断された断面図は瞬く間に真っ赤になる。赤く吹き出す血液が、壊れかけのスプレーのようにハリの肉体を新しく赤く濡らしていった。


「あーあ、また血まみれだよ」


 解説の件を中断させて、エミルがほんの少しだけ面倒くさそうに嘆いていた。

 まるで飼っているペットが水たまりに突っ込んでいってしまったかのような、その後のシャンプーやらを心配する飼い主のような、そんな穏やかささを感じさせる。


 ボタリと落ちた肉体の一部。

 切り落とされた左腕が、ごろごろと転がって俺の足元へと至っていた。


「さてと、オレも戦いに参加させていただこうか」


 エミルはまるで喜ばしい出来事に遭遇したかのような、そんな軽快さを声の中に含ませている。

 どうするつもりなのだろう? 武器はたしか、俺が貰い受けていたような気がする。


 考えていると、そのあいだにハリの手元には一丁の拳銃が握りしめられているのであった。


 エミルは薬室に弾薬が入っているかしっかりと確認した後に、武器を両手に構えている。

 本物の、きちんとした火器とは異なる、魔力を有した(タイプ)のニンゲンであればそれなりに使うことが出来る。


「もちろん日ごろの練習と、武器をあつかう分の健全な肉体が必要だけどね」


「……あれ、精神は?」


「精神は……まあ、魔力でどうにでもなれ、だな」


 恐ろしすぎる。銃と言うものはもっと畏怖すべき存在では?


「大丈夫だって、魔力を基本としているから、ナイフと違って他人を殺すことは出来ないよ」


 言い終えた後で。


「……たぶん……」


 とてつもなく不安なる要素を、エミルはひとこと言い残して俺のいる場所から去り、戦いの場面へと参加していったのであった。


 ハリが怪物の肉に再び大きな切り傷をこしらえる。

 切り裂かれた肉の断面図から、新鮮な血液がドバドバとあふれていた。


 怪獣が叫んでいる。

 叫び声は、……確かに本物の人喰い怪物のそれよりかは、いくらか人間性に寄り添った音ではある。

 よく言えば親しみやすく、悪く言えばありきたり。


 個人の症状に面白味を求めるのは不謹慎ではあるが、しかし感覚は勝手に生まれてしまうものである。


 怪獣が目を見開いた。

 ニンゲンのそれと同じように埋めこまれている眼球。それらが刀を持つ魔法使いの姿を認識する。

ありがとうございます。

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