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灰笛ボクは君には出来ないことばかりを持っている

こんにちは。

「本人が殺すわけにはいかないよな」


 俺がエミルに問いかけていた。質問文と言えるほどには純粋ではない。

 我ながら白々しさに嫌気がさす。


「しかたない、じゃあ俺たちは魔法使い……。……じゃなくて、漫画家、先生のために、代わりに戦わなくちゃいけないなあー」


 これならまだ小学生の計算ドリルにある問題文の方が、素直なこころ持ちで受け入れることが出来る。


「だが、殺しちゃいけないってのは、どうしてなんだよ?」


 ものはついでであると、俺は魔法使いに抱えられたままの姿勢で、走る視界のなかにて魔術師に質問をしている。


「どうみても、ただの危険な「人喰い怪物」にしか見えないが?」


 ふと、思い返すことがあった。


「あ、もしかして……」


 コホリコ宝石店での一幕を思い返す。


「あれはいわゆる……使役種ってやつなのか?」


「おや、君がその単語を知っているとは、意外だね」


 走って逃走中であるというのに、エミルはほとんど息切れをすることなく逃亡を楽々とこなすばかりであった。


「ちょっとな、知り合いに使役種を世話している輩がいるもので」


 使役種と言うのは、ざっくりと言えばにんげんに比較的友好的な、ある程度のコミュニケーション能力を保持した人喰い怪物のことである。


「つまりわしみたいなものかのお」


 唐突にミッタの声が聞こえてきた。

 直接脳内に……!?


「残念ながら違うんよ。フツウに鼓膜を介して音声を届けとるだけじゃ」


 見れば確かにミッタが、氷の上に舞うスケート選手のような優雅さにて俺たちと並行飛行をしているのであった。


「うわあ、すんごい眼福」


 魔法使いに抱えられたままの状態で、しかも横側には美しい幼女が平行移動しているのである。

 幾らかのシュールさは否めないが、しかし、悪くはない。


「美女と会話中すみませんが……! ぜえぜえ……ボクの体力的に、さっさと展望をお決めになられないと……ぜえぜえ……っ」


 ただ走っているだけなら、まあ、この魔法使いなら余裕で逃げられるのだろう。

 なんといっても魔法使い。加えてこの灰笛(はいふえ)で日々人喰い怪物と千辛万苦(せんしんばんく)を繰り広げているヤツなのである。


 もしかすると、魔力に頼ることもなくこの場から逃げるほどの体力なら余裕で用意できたのかもしれない。


 まあ、どれもこれも仮定に過ぎないが。


「一体いつまで魔法使い殿の世話になっておるんじゃ?」


 もう一度ミッタの声が聞こえてきた。

 声のする方を見れば、すでにミッタの姿は消えていた。


 跡形もなく、とはっきり区分することも出来そうにない。

 ふんわりと香る幼女の甘いにおい。

 焚かれた線香の下に累積する灰の香りのような香りが通り抜けて、消えていった。 


「足が欲しくないのか?」


 今度はどうやら直接脳内に語りかけてきているようだった。


「あ、ちいと待っとくれ」


 ミッタは自分の呟きをすぐに訂正しようとしている。

 こほん。ひとつ咳払い。


(聞こえますか……聞こえますか……)


「結局パクリじゃねえか」


 ネタとしてはすでに使い古されて擦り切れている部類に属する。


「冗談はさておき」


 やっぱり冗談だったのか。

 こちとら命の危機に瀕しているというのに。


「なにボソボソと独り言をつぶやいているんです?」


 ハリが少々苛立った様子で俺のことを(いぶか)しんでいた。


「いや、なんでもねえよ」


 ちょっとしたくだらないやりとりである、とりとめの無さは、現状においてかなり不格好ではある。


「じゃあ、なんでもないならいったん降ろしますね」


「人生の幕からか?」


「そんな権限ボクにはありませんよ?!」


 仮に保有していたとしても使用するのはまっぴらごめんである。

 そう主張するかのように、ハリは俺の体を古城の地面へと降ろしていた。

 

 貴婦人をあつかうような丁寧さとは言えず、かと言って物言わぬ砂利を処理するほどの粗雑さがあるわけでも無い。

 優しくも無ければ乱暴とも言えない、なんとも形容しがたい動作にて、ハリは俺の体を草木が生い茂る土の上へと設置しているのであった。


 ミッタの言う通り、いつまでも魔法使いの負担になることは俺の精神状態が許してくれそうになかった。


 だがしかし、この身体ではできることかかなり限られてくる。

 苦慮に苛まれているなかで、そんなことなどまるでお構いなしと言った様子のまま、ハリは自身の肉体に魔法を使おうとしていた。


「すう、はあ」


 少しだけ意識をこめた息吹き。

 息を吸って、吐く。

 緑色の葉っぱがハリの左手に舞った。かと思ったそれは、彼の新鮮な魔力が世界に向けて稼働した証拠、影響のひとつでしかなかった。


 光りの明滅の後に一振りの刀がハリの手元に握りしめられている。

 金糸をふんだんに編み込んだ柄を握る、剥き出しの刃が銀色に輝いていた。

 鞘は無く、仮にあるとしたらそれはハリ自身の肉体、血液の中に含まれる魔力が刀の切れ味を自由自在に操ることが出来る。


 コントロールできるほどには、あの黒猫のような魔法使いは「魔法使い」としてそれなりに熟練した能力を有しているのであった。


 そしてそれは俺には持ち合せない能力でもあった。

ありがとうございます。

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