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知りもしないで勝手に嫉妬ばかりしている

 エミルが俺達のことを見ている。その視線を肌の表面、毛穴の先、体毛の辺りでそこはかとなく感じとっていた。

 魔術師の青い瞳。左右で少し青の色合いが異なっている。のは、彼の目が右側の片方だけ義眼であることが単純で分かりやすい理由として挙げられている。


 魔術師に見つめられる中で、俺はとにもかくにも自分の呼吸を元通り、平常、平坦なものにするために努めるより他はなかった。

 命の危険を感じている。肉体的な危機感もさることながら、もっと脳みその奥深くに潜んでいる何かしら、精神と呼べば分かりやすすぎるモノ。

 心の在り様が危機的状況に陥っていた。

 このままだと人間の形を保っていられないような、そんな恐怖が胸の内へ、魔法使いの皮膚の下に生じる内出血のようにじわじわと浸透してきている。


「ルーフ君」


 喉を鳴らすことなく、ただ呼び名だけを魔法使いは、ハリと言う名前の魔法使いが声に発していた。


「大丈夫ですか?」


 攻撃を受けたはずの魔法使いが、どうしてか加害者であるはずの矮小な少年のことを心配している。

 と言うのも、相手があまりにも状態を異常化させている様子が、どうしようもないほどに悲しさと同情心を掻き立てられているらしかった。


「まあまあ、落ちつきたまえよ諸君」


 俺が呼吸の方法を取り戻しつつある頃合いにて、ようやくエミルが指摘の言葉を投げかけてきていた。


「これから古城の主にお目にかかるというのに、身内同士でケンカしている場合じゃないよ」


 魔術師のもっともな意見に、反論をしているのは意外にもハリの口元であった。


「いえいえ、しかしながら、このように若者が嫉妬心に悶えているのはなかなかにそそる……──」


 言いかけたのを慌てて言い直す。


「ではなくて! えっと……将来性に希望が持てるって言いますか……どうと言うべきなのでしょうか……」


 絵では巧みに表現をすることができるが、しかし言葉ではあまり上手く例え話をすることができないらしい。


「……ボクだって、毎日毎日、ずっと他の人に嫉妬しっぱなしですよ」


 ハリは暗い表情を浮かべている。


「でも、上ばっかり見ていても、自分の足元が見えなくなるばかりじゃありませんか」


 それは俺のことをはげましているだとか、たとえば先人の賢い知恵などを授けようとしているだとか、そのような親切心から為る心境とは異なるようだった。


 ただハリは、自分自身を納得させるためためだけに言葉を考えている。

 ただそれだけのことに過ぎないようだった。


「さて、互いにちょっと歩み寄ったイベントを回収した所で、さっそく仕事の話でもしようか」

 

 エミルはスーツのジャケット……ではなく、パンツの右腰ポケットから板チョコレートのような何かを取り出している。


 昨今において魔術師を主とした勤めビトのポケットから登場する板チョコレート状の何か。と言えば、それはもちろんスマートフォンと相場が決まっている。

 

 …………。と、そう信じていたのだが。


「…………? なんだそれ?」


 実際に現れたのは全く異なるものであった。

 

 エミルの右手に握りしめられている一枚の板。それは特に何の特徴もない板にしか見えなかった。

 都会の夜空のようになんの面白味もない暗闇、不完全な暗黒をハサミで手のひらサイズの長方形に切りとったかのような形状と質感である。


「ものすごくシンプルな作りの板チョコレートか?」


「当たらずとも遠からず、だな」


 なにやらテキトーなことを言っていながら、論より証拠と、エミルは謎の(タブレット)を左手に携える。

 腕の中に設置したのちに、右手がタブレットの表面に触れている。


 またしても右手が異形に変形するものかと、俺はほんの少しだけ期待した。

 しかしそんなことは起きなかった。


 エミルはあくまでも普通の指の形のままでつつくばかり。

 コツコツと指先が、本物そっくりに模造された指先が硬さに触れた。


 幾らかの入力を済ませた。

 その後に、エミルはタブレットを突然に空中へと放り出していた。


「よいしょっと」


 投げ出された暗闇。

 虚空に放り出された、長方形は雨に湿る、じっとりと濡れている灰笛(はいふえ)の空気の中にさらされていた。


「ところでさ」


 暗闇の中に四角形が浮かんでいる最中(さなか)、エミルが不意に俺達に質問をしてきていた。


「射精音ってあるじゃん?」


「はえ」


 なんのことを聞かれているのか、どうにもこうにも、ハリは頭の中をうまく働かせることが出来ていないようだった。


 魔法使いの不理解を置いてけぼりにしたまま、エミルが疑問点を続けていく。


「あれってさ? マンガとか小説とかだとめっちゃ派手な音するじゃん。

 ドピュウウウーとか

 ビュクビュクゴビューーーーーーーとか、

 ゴボゴボゴボォオオオーーーーーーーーとかさ」


「ああ、それな」


 俺はそれとなく納得する。

 視線は浮遊する四角形、スマートフォンサイズの暗闇を見上げたままで、エミルの話題についての考察を頭の中に受け入れている。


「作品によって色々違いがあって、ケッコーおもしれえよなあ」


 俺はふむふむとうなずいている。

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