そういう話は夜にしてくださいよ
こんにちは。
「シャワーを先に浴びてきてください」
「なんだよ? ラブホでセックス女を抱き潰すに使い慣れた小太り禿げ中年オッサンみたいなこと言って。どうしたんだよ? ハリ先生」
「ひいいい?! こんな往来で何いってるんですか!! ハレンチ!!」
個人情報晒しあげクソアザラシをネタにしこしこと美少女の絵をこしらえる変態に言われたくはない。
そう主張しようとしたところで、エミルが俺に加勢らしきものをしてきていた。
「中年とオッサンは大体似たような意味だと思うけどな」
「その辺はどうでもいいと思いますが?!」
エミルにハリが反論しているが、しかし俺にとってはどうでもいいことのように思われた。
こちとらまだまだ吐き気が治っていない。
美しいものとその現実に打ちのめされたまま、悲しみと哀しみの涙は落ちることなくただ腹の中に不快感をたぎらせ、喉から口の中に苦い唾液をにじませている。
「そうだ、シャワータイムの前に伝えなくちゃいけないことがあったんだった」
足元に冬枯れの小枝を踏んだかのような、そんな些細な動作にて、エミルがジャケットの懐から一枚の紙を取り出していた。
コンビニエンスストアの会計後に手渡されるレシートのような形をしている。
「んるる?」
何の気はなしに、油断しきったハリがエミルから紙の一枚を受け取る。そしてその内容を読んだ。
「ふぎゃっ?!!」
そして次の瞬間、踏まれた野良猫のような悲鳴をあげているのであった。
「どうしたんだよ? 先生」
ようやく吐き気が治まってきた中で、俺は悲鳴の詳細を彼らに問おうとしている。
「は、あはあ、ははわわわ……」
ハリはやにわに慌てふためき、紙の中に記された数字についての質問文をエミルに、古城の魔術師に叩き付けている。
「な、ななな……何でしょうかエミルさん? この車一台、しかもそれなりに高級な一品をご購入できる額の請求書は?!!」
どうやらあのレシートは請求書であるらしかった。
ハリに詰問された。エミルはやはりいつもの穏やかな微笑みのなかで、魔法使い兼漫画家の疑問点に丁寧に受け答えをしている。
「お前さんの投げた刀、あっただろう?」
笑っていると、なんとはなしにリリーの顔に似ていなくもない。
いや、家族なのだからそれは当たり前のことなのだが。と、俺は自分自身に違和感を抱いている。
それはそれとして、はて? 刀とは。
「か、刀……?!」
ハリが問いについての言葉を声に発している。
こんな時でも、ひどく動揺しているというのに妙に美しめな発音が耳に心地よい。
気味の良さが誘発して、俺はエミルの言わんとしていることを当の本人である魔法使いよりも先んじて把握することに成功していた。
「ああ、戦っているあいだ、ちょっとだけバスの外に落としてたな」
戦闘の場面を頭の中に再生する。
もう一度戦いの場面の高揚さを、少しだけ期待しないでも無かった。
だが流石に俺の矮小な脳みそでは、そこまでの想像力を獲得することはほぼ不可能であるらしかった。
「んるえ、えええ……???」
それはともかく、ハリは依然としてエミルの言わんとしていること、俺の考えている映像、すなわちまさしく自分自身の手によって起こした事故のことを理解できないでいるらしかった。
「まあ、このぐらいならこっちが紹介する仕事のあれやこれやでまかなえるだろうよ」
エミルは口元に微笑みを、妹にそっくりな笑みを湛えたままで、続けざまにジャケットから六枚の紙片を取り出している。
「これは……」
ショックも抜けきらない体にて、為すがままにハリは魔術師からの依頼を受け取っている。
「魔法陣作成……! の、依頼……?!」
「そうだ」
エミルは魔法使いに仕事の依頼についての説明を簡単におこなっている。
「これから各地はますます世界の保存に関しての強い議題を鑑みる。というワケで、ウチの古城でも所属の技術者を各地に配置したいと思っていてな」
エミルは笑ったままで、視線はしっかりとハリのことを見据えている。
「ナナセ・ハリ、お前……じゃなくて先生殿には各地に見合った魔法陣の作成をぜひとも依頼したいトコロなんだ」
つまりどういうことなのか?
「漫画の連載?!」ハリが叫んでいる。
「ええ、そういうことなのか?」
連結に関しては上手く把握できなかった、俺はとにかく彼らの話を注意深く聞くしかなかった。
「通常の仕事は継続するうえで、各地への巡礼の旅を行い、その地方の記憶を記したイラストを作成。出来上がり次第、こちらの管轄するソーシャルネットワークサービスアカウントにて投稿。アップにおいて獲得した「目」を報酬とする」
要するに見られることで得られる魔力を収集しまくれ、ということか。
「えええ……?! どうしてそんなに物分かりが良いんですか……?! ルーフ君」
「そうだなあ、頭の出来が違うんだよ」
「はあ……」
ハリは俺のことを、それこそ異世界から来た何かしら、誰かしらの人間のように見ている。
まじまじと見つめられると、なんともいえない優位性に腹の辺りがこそばゆくなるのを感じていた。
ありがとうございます。




