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世界を救うつもりはさらさら無い

こんにちは。

 しかし緊張の気配はまだ止まらない。相変わらず呼吸は上手く出来ない。

 ……って言うか、息ってどうやって吸うんだっけ? 二酸化炭素はいかにして正常に、「普通」に体外へクソやらションベンと一緒に排出されるというのだ。

 なにも分からない、訳が分からなかった。


「さすが、「ベタ塗りのやべーヤツ」と呼称されるだけの手厳しい御意見ですね」


 なんとものんきな声を発しているのはハリの喉もとだった。

 声のする方に視線を向ければ、ハリはすでに自分の「趣味」へと指をはこばせている。その最中であった。


「誰がやべーヤツやねん」


 キッカが居心地を悪そうに、頭に被っているニット帽の位置を指先で微調整している。


「アシスタント初日に手土産に人喰い怪物の目ン玉左右で二個持ってきよったヤツに比べたら、オレなんざまだ優等生の部類やろ」


 漫画家と言う職業による独特の質感なのだろうか? キッカは妙に色白な肌、眉間に小さくしわを寄せている。

 視線の厳しさを保持したまま、彼の視線が俺の方に向けられていた。


 黄色。イエローダイアモンドのように鮮烈な黄金の視線には、俺の正体を出来るだけ多く入手しなくてはならないという、固い使命感の重さがたっぷりと含まれていた。


「まあオレも、マンガの何もクソも知らないままで、先生の仕事現場にいきなり押しかけて無理やりベタ塗りに入らせてもらったからなあ」


 なにやら、とにもかくにも尋常ではない経歴を話している。


「それに比べちゃあ、本当に、マジに()()()()()()()()()()()()()()ヤツなんて、大した事ないよな」


 背筋を、皮膚の表面をソーダ味のアイスキャンディーで撫でつけられたかのような、そんな寒さがゾクゾウゾクと走った。


 知っているのだ。それもそうか、と俺はすぐに納得する。

 彼は俺のことを「少年A」と呼んだ。


「人殺しが書いた漫画なんて、どうしようもないだろうよ」


 それがそう言う。

 すると。


「ぎゃはは!」


 キッカは俺の言葉を笑い飛ばしていた。なかなかに下品な笑い声であった。


「人を殺したぐらいで、それが何だって言うんだよ」


 キッカが俺のことを馬鹿にするように見ている。


「死刑囚だって本を出版する時代だぜ? ジジイ約一名殺したぐらいで、しり込みしてんじゃねえよ」


 その次には、キッカは俺のことを睨むようにしている。


「……」


 睨んだまま、少し考えている。


「それに、だ」


 キッカは言葉を選び終えた。


「人間一人死んだくらいじゃ、この世界はもう悲しんでもくれやしない。恋人も両親も、三日と経てば大体元通りだ」


「そんな、まさか……嘘だろ」


「残念ながら嘘じゃないんやって」


 キッカは俺に、何も知らない俺に世界のフツウを教えている。


「戦時中に起きた時空間の歪みから、続く大災害、空間は傷まみれで治しようがない」


 この世界の歴史について、キッカはざっくりとしたあらましを語っている。


「クソ人間どもが争いに争いまくったせいで、もうこの世界は大体終わってるんだよ。

 魔力を使いたいだけ使って世界を擦り減らせて、科学で世界を思いっきり汚染しまくった。ハンカチに付着した血染めが消えないように、(ハサミ)で切った布がもう二度と元の形を取り戻せないように、この世界はもう使い尽くされた」


 同じような話を、少し昔に聞いたような気がする。


「後に残されたのは異世界で死んだ奴の、疲れ切った、擦り減った魂だけ。オレらに出来るのは、その魂の余分を喰って削って食べて、軽くして透明にするだけなんやって」


 そういえば、故郷の村で暮らしていた時、家の近所の集会所で何か、老人がそのようなことを説いていたような気がする。


「現状、この灰笛(はいふえ)だって戦火に巻き込まれて、空間にクソでっけえ傷をこさえてからは、ずっと不安定な状態が続いとるんよ」


 災害をまるで他人の出産報告のように話している、キッカの姿が俺にはどうにも奇妙なものに見えて仕方がなかった。


「お()ゃーさんが産まれる前? そんぐらいか? 空間がもたなくなって、傷口が広がって、そこいらじゅうで魔力の暴走が起きたわけで」


 「大災害」のことを言っているらしい。

 正確には俺の産まれた少し後に起きた現象、空間の歪みが町を覆いつくし、異世界より来たれり怪物は暴走し人間を喰らい尽くそうとした。


「まあ、それも一人の生贄で何とか想定できる()()()で被害を抑えたみたいやけどな」


 キッカは無視をしていた。

 少なくした枠組みから外れたたくさん、多くをないがしろにしながら、ただ生き残った者の言葉だけを紡いでいる。


「まあ、そんな訳で、この世界はもうすでに終わっているんだよ」


「……その割りには、みんな元気そうだが?」


 気が付けば視界が斜めに傾いている。のは、俺の首が自然と傾けられているだけに過ぎなかった。


「そりゃあ、アレだろ」


 キッカ先生の言葉を継いでいるのはエミルの舌の上だった。


「世界が元気足りなくても、なにもオレたちまでしおらしくしなくちゃいけない義理も人情もクソもへったくれもないだろうがよ」


「そういうものなのか?」


 エミルは俺のことを無理矢理納得させようとしている。


「そう言うものなんだって、ルーフ」

ありがとうございます。

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