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はじめましてクソ低能ども!!!

こんにちは。

 真似しようがないほどに見事な背景だった。

 建物の一つ一つが、まるでそれぞれに内側を感じさせる筆跡で描かれている。

 窓の奥の暗がり。ただのインクの密集でしかないはずの色合いが、人間、他人たちの交わることのない日常生活の気配を色濃く立ち昇らせている。


 歩いているのではないか? 瞬間的に俺はそう錯覚しそうになる。

 まるで自分の肉体がカヤネズミよりも小さくなって、紙の上に沈み、内部に描かれた立体的な世界の一部に組み込まれてしまったかのような。それ程のリアリティがある。


 だが、それと同時に俺はこの絵の中を歩きたいと、そう願望を抱いていることに気付かされている。

 背景の一部? いや、違う。俺はこの絵の中の主人公になって、誰よりも自信たっぷりに、「この世界は俺のものだ」と高らかに歌いながら闊歩したい。


 そんなファンタジックな幻想を抱かせる、ある種の外連味もきっちりと織り込まれている。

 とにもかくにもそれは絵で、イラストで、そして何よりもマンガと言う存在を構成させるうえで必要不可欠な背景でもあった。


「なんだあ」


 ハリが嫌にのんびりとした声音にて、絵の制作者であるエミルに事実を確認している。


「すでにだいぶ仕事終わらせているんじゃありませんか」


「まあな、オレはお前と違って筆が早いからな。合間合間を縫ってあらかた終わらせといたんだよ」


 やりとりはすでに慣れきった動作にて行われている。

 

「そんな、内職じみた感触でこの作品を……ッ??!」


 俺が衝撃に打ちのめされている間に、エミルは終わった仕事をさっさと「相手」に送付しようとしていた。


「さて、と」


 エミルは下敷き代わりにしていたスケッチブックを開こうとする。

 と、その前に少しだけ()を置いたような気がしなくもない。


 そう思ったのは、次の瞬間に俺の視界にうつった状況があまりにも非現実的で、非常識であるからであった。


 ゴウンゴウンゴウン……。

 四角形、ちょうどスケッチブック一ページの大きさに切りとられた暗闇がエミルの腕の中にあった。

 底の見えない暗がりの奥からは、謎の起動音らしき唸り声が絶え間なく響いてきている。


「…………」


 …………。何から突っ込めばいいのだろうか?


「んぐるる……」


 俺が言葉に迷っているあいだに、ハリが何やらこの状況に指摘をしようとしているらしかった。


「また居眠りしてますね……! 締切も近いのに、なんたる怠惰(たいだ)!」


 しかしどうしてか、どうやら魔法使いは俺の願いを叶えてくれるつもりは無いようだった。


「キッカさん! キッカさああーーーん!!! 起きてください、仕事をはじめますよ!!!」


 ハリはあくまでも、どこまでも、スケッチブックの中身に謎の、あまりにも謎すぎる空間が広がっている事実を当たり前のように受け入れているだけ。

 ただそれだけのことだった。


「あの……ッ?」


 俺が彼らに質問をしようとした。

 と、そのところで。


「ッッッじゃあかしいわッ!!!」


 なんということだろう! スケッチブックの奥の空間から男の怒号が飛んできたのだ。


「朝っぱらからンな大声だすんじゃねえっつうの!!! 近所迷惑だろうがよーーー!!!」


 ご近所の迷惑度を心配する程度には、暗闇の向こう側の住人は常識を保有しているらしかった。

 この場合、この場面に救いを求めるとしたら、せいぜいそれ位しか見つけられそうにない。

 少なくとも俺にとって都合がいい要素はかなり限られているようだった。


 そんなことを考えていると、スケッチブック型の暗闇にパッと人口の光が輝いていた。

 どうやら本の向こう側に繋がる住人……おそらく名前はキッカと言うのだろう。

 彼が部屋の電気化証明か何かしらを作動させたらしい。


 キッカは彼らに問いかける。


「それで? 仕事はちゃんと終わったんだろうな?」


 濁りのある声、しかしどこか確信的な滑らかさを含んでいる。

 少年的ハツラツさの中に、成人を越えてもなお成長過程を諦めない大人の深みと苦みを想起させる。

 とどのつまりは、声だけではあまりにも若々しすぎていて、年齢は把握できそうになかった。


「ナめた仕事しとったら、今すぐそっちに向かってシバキ倒してやる……」


 ある種脅迫めいた響きを含ませている。

 どうやらキッカはかなり仕事にプライドを持っているのかもしれない……。


「せっかくナイスバディのねーちゃんのおっぱい乳首吸い尽くすイイ夢みとったのに……。本番すんでのところで起こしやがって……ッ!!」


 …………訂正、相手はあまり信用の置けない人間なのかもしれない。

 しかしながら仕事は進む。

 

「どうぞ、()()。お納めください」


 エミルがいつになく(うやうや)しい態度にて、スケッチブックの向こう側にいる漫画家に作成した背景画を直で送付している。


 ……送り届けるとは言ったが、しかして、まさかこんなにもダイレクトな方法でやるとは。

 なんなのだろうか? この世界の漫画家と言うものは、これがいわゆる所のスタンダードなのだろうか?


 俺がまた一つ新しく知ってしまった世界の常識に怯えている。

 そうしていると。

ありがとうございます!

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