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君に出来て僕に出来ないことがあまりにも多く在りすぎている

リリーフランク。

「あんたも描くんかい」

 

 仕事をほっぽりだしてまで、創作なんてしている場合じゃないと思うんだが。


「残念」


 エミルはチッチッチと、右の人差し指を俺に向けて振ってみせている。


「これはこれで、なかなかに、公的に認められた立派な仕事の一つでね」


 そう言いながら、エミルはスケッチブックの中身から一枚の紙を取り出していた。

 ページの一枚かと思ったが、しかしどうやら違うらしい。


「なんだ? その変な紙」


 四角い枠組みの中に子供のラクガキのような丸やら線が書きこまれ、あちらこちらに文字が記され、さらには紙の縁にはこれでもかと大量の付箋が貼られている。


「んぐるるる……」


 紙の出現に、不満げに喉を低く鳴らしているのはハリの口元であった。


「エミルさん……いくら魔術師としてのお仕事が忙しいからって、こんなミッチミチのスケジュールでやられたら、キッカさんがこれになりますよ」


 「キッカ」と言う固有名詞が登場してきたが、しかしそれよりも俺はハリが左右の人差し指で(ツノ)を作って鬼のポーズを作っている方に気を取られていた。


 どうやら、なにかしらの取引が俺の目の前で執り行われているらしい。


「わかってる、わかってる。だから今、こうして魔術師を止めて「彼」を動かそうとしているんじゃないか」


 ハリからの指摘もそこそこに、エミルは不思議な紙の上に右の人差し指をそっと押し付けている。


「「彼」? 誰だよ」


 俺の質問に答えるよりも先に、エミルは紙の上に魔法を使うことを優先させていた。


「君にもいつか、いつの日か、たぶんあともう少しで紹介する羽目……じゃなくて、する事になると思うよ」


 そこだけ聞くとなんだか、とんでもなく面倒くさいことに巻き込む気満々で、一ミリとて申し訳ないと思わない姿勢はいっそ清々しささえ覚えてくる。


「っていうか、もう此処(ここ)で実践しちゃえよ」


 そう言いながら、エミルは不思議な紙を俺の方にズズイ、と押し付けてきていた。


 何をするというのか。


「とりあえず、このバツ印があるところをインクで塗りつぶしていけばいいから」


「塗り絵みたいなものか?」


「あー……うん、まあ、そんな感じだな」


 見るからに正解とは言い難い様子ではあるが、しかしここはエミルの返答を信じるしかなかった。


「でも、筆もなんも()えぞ?」


 最後の(よすが)として、俺は自らの不準備具合を主張している。

 しかし俺の常識は、魔法使いの前では大した意味をなさなかったらしい。


「ペンならそこにありますよ」


「え?」


 ハリに言われるがままに、何も考えることなく、俺は素直に視線を右の手に動かしている。

 聞き手の手の平、そこには紙に黒色を染み込ませるのにとても丁度が良さそうな筆ペンが一本、いつのまにやら現れていたのであった。


「いつのまに……?!」


 俺が不思議がっていると、ハリが何やら違う方向に気遣いを向けようとしていた。


「おや? もしかして聞き手は右では無かったのですか?」


 その辺に関しては間違いはない。

 その頃になってようやく俺はハリが魔法でペンをこの場所、場面に発現させるというお節介、もとい心遣いを働かせたことに気付いている。

 エミルが何やら紙の上にさっさと作業を進めている間に、俺は何とかペンを握りしめる決意を固めている。


 どうやらやるしかない、それ以外に選択肢は無いようだった。


「何だってこんなあまざらしで……塗り絵なんてしなくちゃいけないんだよ……?」


 状況の不可解さに俺が頭を悩ましている。

 そうしている間に。


「よし、完成」


 なにやらエミルはサクッと仕事を終えてしまっていたらしい。


「え?」


 なにが起きたというのだろう。

 俺があれやこれや。具体的には紙の上に仕事をするのを迷っている間、道具が無くて困っている間、それをハリが魔法にて表面上は解決してくれた間。

 それらの間、十五分も経過していないうちにエミルは紙の上の仕事をあらかた終了させているようだった。


 一体何を作ったというのだろうか?

 知りたいという気持ちと、ここで知ってしまえば後戻りはできないという確信が胸のなかで渦巻いていた。


 見えている地雷原であっても、その先にある湖の甘い水を飲みたいがために歩く。

 茨に指をズタズタにされたとしても、ばらの雫の美しさに触れたい。


 知らないものを新しく知りたい。

 少なくとも知らないままではあまりに不安が大きすぎる。


 一時の不安を解消するために、俺は知らなくてもいい世界を見ることにしていた。


「なんだ……?」


 見た、エミルの手の中に広がるそれを見た瞬間、俺はなにが起きたか理解することができなかった。


「わあ、相変わらずお仕事が早いですねえ」


 仕事? 絵を描く仕事と言えば……。

 ああ、そうか、これはマンガの仕事なのか。


 だとしても、こんな野ざらしで描くものなのか?


「んるる、なんだか懐かしいですね。こうしてその辺でテキトーに、好き勝手に原稿を進めるの、若い頃に戻ったような気分です」


 俺の疑問はハリの何気ない呟きの前に握りつぶされる。


「何者なんだ? あんたら……」


 疑問を口にするよりも先に、俺は目の前の技巧にただただ見惚れていた。

ありがとうございます!

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