触れるすべてが快楽のために存在しているような気がするよ
「嫌だ」と断りの言葉を言う暇もなかった。かと言って「あ……また今度……」のような社交辞令をパンケーキの上の生クリーム並みにたっぷりと盛った断りの台詞を言えた訳でも無い。
気が付いたころには、俺の体は灰色の触手によって車椅子の上からいとも容易く持ち上げられていたのであった。
「うひいいいいいいッ?!」
触手のように見えるモノ。灰色の金属質がヌラヌラと連なる。それがどうやら鉄によく似た質感を持つ鎖のような物体であること。そのことを、俺はまさに直に触れる肌に伝わる電気信号のなかで把握していた。というか、それしか出来なかった。
「ミッタッ?!」
現状推測できる相手。うごめく魔法の鎖の持ち主であろう、触手の大もとたり得る幼女の名前を叫ぶ。
「いきなり何しやがるッ?!」
「何をするにも、わしはご主人、お前さんを触手で弄ぼうとしておるのじゃよ」
まさしく言葉の通り。このミッタと言う名の幼女は決定的に、ある種病的なまでに俺に対して嘘をつくことを嫌う素振りがある。
幼女の触手は主に俺の下半身をまさぐる。
とはいえ性器を直接触るのは彼女の処女性が許さないのか、あるいはただ単にそう言う性癖なのか……詳しいことは分からない。
ともあれ腿肉の内側だったり、毛細血管がいっぱい詰まっている脇だったり、あるいは服の下に滑り込んで脇腹の辺りをさわさわ。
「絶妙なテクニックッ??!」
とてもバージンとは呼べそうにない技巧派。
百戦錬磨のテクニシャンっぷりに俺が恐れおののき、鳥肌と同時に下半身が抗えない熱を帯びようとしている。
「んるるるる……!」
興奮気味に喉を鳴らすのは、リング留めのメモを右手に、左手に2Bの鉛筆をたずさえたハリの口の中であった。
「なんという素晴らしい構図……! ミッタお姉さん、ちょっとそのポーズいただけませんか?」
幼女、または幼女の姿を象った恐ろしき人喰い怪物にひん剥かれそうになっている。
そんな俺をただ映像としか見ていない、ハリはどうやら何かしらの新しいアイディアを思いついているらしかった。
「そこ! 固定お願いします!!」
「りょーかーい」
漫画家の要望を聞いている、ミッタはまるで何かしらの貴重な宝石類を取り扱うような、そんな緊張感をワンピースのすそに漂わせている。
新しいイラスト、新しいマンガ、それ以外の何かしらの創作物。
それらの糧になるというのならば、まあ、俺の痴態のひとつやふたつ捧げてもかまわない。
それはそれとして、どうでもいいのだが。
「あの……すっげー眩暈がするんですけど……?」
さすがに半裸の状態で逆さづりとなると、こちらとしてもそれなりの準備を整えないと体がもたない。
なにはともあれ、このままだと俺が、俺自身がそのまま現代美術的モニュメントへと変身させられそうになった。
そのところで。
「ロケットパンチ!!」
メモ用紙とペンを握りしめるハリの顔面に、再びエミルの右手が飛びこんできていたのであった。
…………。
話が大きく逸れてしまった。
「こんなところで児童ポルノ繰り広げてんじゃねえよ」
エミルのもっともでしかない意見、注意喚起に、俺は申しわけなさで胸がいっぱいになりながら、下がりかけていた半ズボンのゴムを腰の位置に安定させている。
「そういうことがしたいのなら、それ専用の地区ってものがあるからさ、そこに二十時をこえた辺りで出かけてみればいいよ」
「エミルさん……さらっと児童を性の本場に送りこむ台詞を言うもんじゃないですよ」
ハリがエミルにツッコミを入れている。
「いや、あんたもさっきまで鼻息荒くして俺の痴態を元にイラストこしらえようとしとったやんけ」
俺からの指摘に対し、エミルはそれこそ本当に鼻孔を「んふーっ!」と膨らませて反抗心を燃やしていた。
「失敬な! ボクはルーフ君みたいなショタ、美少年は性癖の範疇外ですよ!!」
……そういう問題じゃない気がする。
というか、その主張は時と場合によっては己の首を飢えたアナコンダよろしく締め上げる好きになり得る。
「ルーフもさ」エミルはため息交じりに俺の方を見る。「安易に自分の肌かを曝そうとか、そんな最新鋭の出会い厨じみた真似、無理にしなくてもいいんだからさ」
「で、出会いチュウ……?」
その言葉がどういう意味を持つのか、知った所で俺の人生に言葉の重みが少し加えられる程度なのだろう。
それはそれとして。
「エミルさんは? もう仕事は終わったのかよ?」
俺から問いかけられた、エミルはとりたてて動揺するでもなく、あくまでも平坦な様子で現状を言葉の上に報告している。
「あとは清算を通告するだけだ」
残された仕事を簡単に言葉にしながら、エミルはしかして悠長な様子でどっかりと腰を下ろしている。
「しかしまあ、そう事を急ぐこともない」
そう言いながら、エミルはどこからともなく一冊のスケッチブックを取り出していた。
「オレ一人が欠員したところで、たぶん……まあ、この場合はモアさんも許してくれるだろうよ」
上司であり、妹でもある少女の名前をエミルは口にしていた。




