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クラゲにそそのかされて気付かされるのは世界の楽しさ

こんにちは!

「さあ! ようこそようこそ、始めましょうか」


 ハリが威勢の良い声で、左の指に鉛筆を握りしめていた。

 2Bの鉛筆を手に、ハリは右の腕にあるスケッチブックの(ページ)をめくっている。

 一ページや二ページの話では無く、ゆうに十ページは越える量をばらっとめくり揚げれば、そこには白紙の紙が現れている。


 ハリはそこにペンを走らせる。

 さっそく大画面にて作成……。と言いたいところだが、まずは全体の見取り図。

 ハリは右のポケットから手の平サイズのフリーカットができるメモ用紙を取り出している。


 メモのページをぱらぱらとめくる。あらかじめ書き溜めておいたアイディアの数々、構図、イメージの形を等々、眺めまわす。


 これにしよう。と決めたページを千切り、舌で湿らせてスケッチブックの端に留めている。

 これまたどういう仕組みなのか、メモ用紙はなにかしらの魔的な作用によって、器用にスケッチブックの端に固定されている。まことに便利なものである。


 続けてハリはスケッチブックを鞄に固定させようとしている。

 鞄の側面、クリップボードのような形状をしている部分にスケッチブックを挟む。


 そうした準備の果てに、ようやくハリはペンを紙の上に走らせている。


「……」


 ハリは集中した様子にて、丸と線をいくつか重ね合せて人体の形をペン先に考察している。


「…………」


 その様子を見ていた、俺は手持ち無沙汰にしばらく時間の中に身を浸す。


「女の子はですね、ルーフ君」


 唐突に話しかけられた。

 俺はその声がハリによるものであるのか、最初の数秒間、数文字だけ上手く理解することができないでいた。


「結局は顔なんですよ、顔を可愛く美しく、楽しく描くことさえできれば、あとはもう万々歳。

 貧乳も巨乳も、桃尻もピーマン尻も関係ない。全てが紙の上で最強のカワイイを作りだすことができるんです」


「それはそれで、なかなかに反感を食らいそうなモノの見かただな」


 しかし俺の反論はすでにハリの耳には届いてい無いようだった。

 魔法使いの、黒猫のような聴覚器官は真っ直ぐ紙の上に向けられている。


 どうやら彼は一枚ほど、イラストをこしらえない限りは他のどの様な事にも関心を示さないつもりらしい。

 気持ちは分からなくもない。

 俺は諦めて別のところに行こうとした。


「おやおや、この場を離れるつもりなのかえ?」


 平安貴族じみた、悠長なる言葉遣いにて俺の動きを阻止している。

 それはミッタの声だった。


「それじゃああまりにもつまらない、つまらなさすぎるぞ、お兄ちゃんよ」


 俺のことをお「兄」ちゃん呼びする女はこの世界で二人しかいない。

 ひとりはメイで、俺の最も愛すべき妹。

 そしてもう一人、妹がいる。最近できた妹だ。


「なあ? もっと世界を楽しもうという気概はないものかえ?」


 俺の視界の右側からひらりひらりと現れた。

 木綿素材の質感に似た軽めの布で織られたシンプルな膝丈上のワンピースを身にまとう。

 外見年齢は七歳程度の幼女が、ふんわりと膨らむボブヘアの灰色の髪の毛を俺の頬に寄せてきている。


「楽しむ、……っつったってなあ?」


 俺は幼女に現状の様子を打ち明ける。


「俺の足は依然として不自由なままだし、自由に動けないこの体で、いったいどうやって世界なんかを楽しめばいいんだよ? なあ、ミッタ」


 ミッタと名前を呼んだ。

 彼女は「うふふ」と笑うだけだった。


「足が悪いのが、一体何の問題と言えよう?」


 ミッタはむしろ俺に問いかけなおすように、頬を俺の首筋に押し付けている。

 彼女の柔らかな頬。水分と血液をたっぷり含んだ肉の柔らかさ、皮膚の瑞々しさが首の感覚に触れている。


「創作と言うものは得てして、抑制のなかで花開くものなのじゃよ」


 ミッタはオレの首筋に唇を寄せる。

 雨の気配にたっぷりと湿った口が、「ちゅ」と音をたてて俺の首筋に透明なキスの痕を付着させていた。


「うひひ、いひひひ……」


 灰色の毛先、夏に萌ゆる猫じゃらしのようにフワッフワッとしている感触。

 それに加えてキスの痕もなんとなくムズムズする、この下半身の感覚が何なのか、俺は詳細を考えたくない。少なくとも今は絶対に嫌だ。


 だからなのか、ねばつく性欲を掻き消してくれるほどには気色悪い、そんなハリの笑い声に俺は祝福じみた救いを抱きそうになってしまっている。


「どうしたんだよ? ハリ」


 リビドーを奥歯の辺りで味のしなくなったガムのように噛み潰しながら、俺はハリの様子について、もののついでとして質問している。


「いやはや、若い、青い疑問にこそばゆくなっていたところなんですよ」


 そう主張しているとおり、ハリはバス停の縁に腰かけたままの姿勢で尻やら足やら、とりあえずは腕と指以外の部分をモゾモゾと蠢かせている。


「んるる」


 景気よく喉の奥を鳴らしている。

 ハリは指や腕や目、あるいは耳や嗅覚や味覚でもいい、つまりは絵を描くのに必要不可欠な器官だけはしっかり、ちゃっかり安全なところに固定させ続けているのであった。


「なにはともあれ、ルーフ君も描いてみればいいんですよ」

ありがとうございます!

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