おしりを破壊されて可哀想なドードー鳥さん
こんにちは?
嘴はまだ無事だった。あえて残しただとか、この先の見栄え的に保存したほうが得が多いだとか、そのような計算づく計算ずくじみた能力の高さは、残念ながこの魔法使いたちには持ち合わせてなどいなかった。
いや、もしかすると魔女ならば考えてもいたかもしれない。しかし、実際に言葉を提案していなければ、それも結局無意味な沈黙でしかないのだった。
なにはともあれ、とにもかくにも、怪物は砲弾を作ることができなかった。
「 ???? ??????? ???? ???? ?? 」
嘴の全てが空振りに終わる。触れることは出来ても、見ることは叶わなかった。
それは首がチューブラ錠型のドアノブのように屈折していることも関係しているが、それ以上に、怪物の目はまだ破壊されたまま完全には回復しきっていないのであった。
左目にはまだ矢が刺さっている。
メイの肉体からこしらえた矢。雪の結晶のように美しい白と、指先に触れた瞬間の綿雪のような繊細な矢羽の部分を持つ、矢は怪物の眼窩、その奥に繋がる網膜まで矢じりを刺し貫かせている。
まだまだ新鮮な血液がたっぷりと出てきている。
怪物は魔女の矢における損傷を回復させることをすぐにあきらめていた。
理知的な思考における判断とはまた別の、ただ感覚的な話、痛みの質量における判断。こっちの足が痛いから、あまり使わないようにしよう、という単純な思考でしかなかった。
その代わりとして、まだもう一つ残っている右の眼球を先に再生することにしていた。
こちらは魔法の杖……ないし槍で刺し貫かれただけである。
しかも武器の持ち主である魔法使いはそれなりに興奮状態にあったらしい。冷静さを欠いて、きちんと網膜の奥まで破壊することを、うっかり忘却してしまっていたようだった。
魔法少女のうかつさを有り難く味わいながら、怪物は見る。
肌にひん剥かれた、むき出しになった自分の皮膚を見ていた。
それは実に酷い有り様であった。
本物、本当の屠殺技術とは比べ物にならない。月とスッポンどころの話ではない、その言葉を使うこと自体が月の美しさの冒涜であり、スッポンの持つ愛らしさへの悪罵であった。
それな実に酷い有り様であった。羽根は粗雑に引き抜かれ、サバンナの植生のようにまばらに、中途半端に残された羽根の数枚が、むしろ半端な仕事への悲しみと怒りを増幅させる。
「 あああ あああ…… あああ…………」
怪物は嘆いていた、のかもしれない。誰だって自分の体毛を理不尽にボロボロにされたら、生きている限りは怒りを抱いたり悲しんだり、そうでなくとも、少なくとも不快には思うはずだった。
怪物は地面を両の足でしっかりと踏みしめる。
今度こそ、次はもう確実に相手を殺さなくてはならない。
そこで初めてようやく、怪物は相手を殺すための決意を抱いていた。
単純な殺意だった。嫌なことをされたから殺す、嫌いだから殺す、単純な思考。
故にキンシは、琥珀のように不透明で、しかして同時に蠱惑的な他者の存在を実感していた。
ギターの音が鳴る。それは奏でられたものではなかった。
「レスポールスタンダード」のギターにとてもよく似た姿。本物のギターを模したそれは、紫水晶色に透き通る魔術式を帯びている。
この世界の存在の構成を、例えば魔力鉱物のように単純なものへと変容させる。
そう言った意味、役割、解を与えられた計算式の一つ。
魔術式を帯びたギターが、今度は巨大な樹木を切り出すかのように力強く叩き付けられていた。
実に見事なフォームのスイングであった。
ここが草野球の試合で、トゥーイの握りしめているものが木製のバットで、狙っているのがただの野球玉であったのならステキなホームランが青空に溶けて消えていっただろう。
しかしまことに気の毒に、殴っているのは異世界から訪れた怪物を殺そうとしている魔法使いで、そして殴られているのは怪物の尻、肛門に当たる部分であった。
基本的に排泄行為をしない怪物の、それは元々のモデルである生物を模倣した際の、言うなればお飾りとしての器官でしかない。
とはいえ、しかし外界と内側の粘膜を繋ぐ穴を殴られて、いい気分になれる生き物と言うのは世界を越えても中々いないものなのだろう。おそらく。
「 ぎゃあ 」
怪物は悲鳴をあげながら、裸の体に自分の尻が破壊されていくのを衝撃のなかでただ事実として受け止めることしか出来なかった。
ギターを模倣した武器に組み込まれた魔術式が、限りなく魔力そのものに近しい存在である怪物の肉体を変容させている。
肉の柔らかさを失った、怪物の臀部が魔力鉱物のかけらになる。
破片の内側、瓦礫の奥深く。
そこに赤く艶めく、ルビーの玉のような器官がちらりと顔をのぞかせていた。
赤色はとても鮮やか。
ドクドク、ドクドク、ドクドクと脈打っている。
それは怪物の心臓であり、そして同時に命、意識、こころそのもの、命の結晶であった。
「うぅぅぅ、ぅすすぅぅうぅぅうううう」
キンシが唸り声をあげる。
喉を鳴らすこともなく、ただひたすらに集中をする。
足を前に踏み出す。長靴の靴底が雨に濡れたアスファルトを強く、しかして丁寧に踏み締める。
世界に自分自身が存在していることを証明するために、キンシは左の腕、そしてそこに繋がる前身の肉に然るべき緊張感をみなぎらせた。
呼吸を止める。そして腕を振りかざす。
投げる、放たれた槍は雷撃のような速度と攻撃力を以て、狙い済ました獲物を穿つ。
ありがとうございます!




