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美味しいものならまだ食べられる

こんにちは?

「 ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ  ああああぁぁぁぁぁああああああ     ああああああああああああああ」


 空気漏れの音は怪物のまだ繋がりあっていない首の穴からこぼれている。

 いずれその穴も塞がるが、そのまえに怪物の肉体から絶え間なく響く命の音程が人間の鼓膜を刺激している。

 決して心地良いとは言えない、ハッキリ言ってしまえば雑音でしかない。

 それがいま、キンシにとっては花嫁を祝う祝福の鐘よりも喜ばしいものにしか聞こえなかった。


「んるるるる」


 嬉しそうに喉の奥を鳴らす。キンシは万年筆のような形の、槍としても使える魔法の武器の柄を握りしめる。

 石突きでアスファルトをぐりぐりと圧迫しながら、キンシはよろよろと立ち上がる。

 その足取りは酷く不安定だった。しかし、決して倒れないという決意にも満ちあふれている。


 ようやく怪物を殺せる準備が整った! ついに、である。

 希望に満ちあふれている。そんな魔法少女の感情の形、こころの重さを感じとった、怪物が首をこちらに向けようとする。


「 あああ  ああああああ  あああ  ああ 」


 怪物が首をこちらに向ける。

 千切れたものを無理矢理にくっつけた、首はまるでチューブラ錠(タイプ)のドアノブのように、久寿度に至るかそうでない鎌での領域まで屈折してしまっている。


 陰口をあえて聞こえるところで話そうとする人間の性質のようにひん曲がっている、ナンセンスな角度をキンシはあえて愉快そうに眺めている。


「嗚呼、お可哀想に」


 もれなく自分たちの手によって傷つけたもの、破壊したものを、キンシはさも尊いもののように扱おうとしている。


御体(おからだ)、お辛いでしょう……。早く死ななくては、殺してさしあげなくては」


 言葉を聞けば、ただ他者の死を望む凶悪思考でしかない。

 しかし言葉だけでは伝えられない部分があまりにも多すぎている。

 

 表情は微笑みをたたえている。泥の中から蕾をほころばせ、花を咲かせる蓮の花のように穏やかで美しい笑みだった。


 殺意を受け取った。怪物が自分の命を守るために攻撃を行おうとする。

 攻撃は性欲に基づいたものではない。なぜならば怪物は生殖行為を必要としない、心臓を破壊されない限りは、樹木のように恒久的に生き続ける存在だからだ。


 キンシは少し息を吸う。

 雨に濡れた冷たい空気が心地よく、体内の渇きを潤してくれる。


 キンシは槍を右手の方に持ち帰る。空になった左手で顔の半分を覆う。

 頭は冴えわたっている。しかし体内を流れる血液は動き続け、生命が続く限り熱をくべ続ける。


 まぶたを閉じる。

 暗闇の中、光の揺らめきが肉の内側にゆらめく。

 

「もしもし、精霊さん?」


 キンシは呪文を唱える。

 とはいうものの、とりたてて特別な言葉は必要としなかった。


「彼の心臓はどこにありますか?」


 答える言葉を精霊は持ち合わせていない。

 精霊は花の姿しか持っていない。手のひらにすっぽりと収まる蓮の花になって、赤い琥珀の内部に閉じ込められている。


 精霊を封印した琥珀は丸い、眼球のように丸く、そのままキンシの左目の代わりを担っている。


 キンシはまぶたを開く。

 そして怪物の姿を見た。


「おやまあ、これはびっくり」


 キンシはぱちぱち、ぱちくりと、三回ほどまばたきをする、


「これはなんとも、実に厄介、まさしく「やれやれ」と言った感じですね」


 小説の中に最も色濃く残る呪文、四文字の感情をしっかりと、丁寧に発音する。


「なにがそんなに「やれやれ」、なのかしら?」


 魔法少女の様子にメイが問いを投げかけている。


「心臓を見つけただけですよ」


 キンシは白色の魔女の質問に答えながら、行動の触手はすでに攻撃のための段階を選ぼうとしていた。


「トゥーイさん」


 魔法少女が名前を呼ぶと同時に、すでにトゥーイは彼女の願いを叶えるための行動を起こしている。


「…………」


 トゥーイは呼吸をとても安定させている。

 これから恐ろしき人喰い怪物の弱点を暴こうとしているのに、だというのに、こころはまるで晴れの下に広がる海原のように穏やかだった。


 理由は単純だった。

 分かりきっていた。

 魔法少女のために、愛しの恋人のために、魔法を使えることが一体どれだけ素晴らしいことか!


 是非ともこの世界、いや、あるいは魔法の無い、科学や医学や政治学や経済学やら数学等々、それらに頼るしか生きていけない人間たちの暮らす異世界。

 そこに暮らしているかもしれない、健康な「普通」の人間にも、ぜひとも一度は経験してもらいたい。


 そんな素晴らしい体験であった。

 三大欲求のそれぞれの素晴らしさとはまた異なる、まさに新体験の快感であった。


 ……ちなみに「新体験」という言葉を使うと、青年の恋人は「んぐるる」と不満げにする。

 なんでも正しい言葉遣いとは言えないと、さながら国語の教科書じみた堅苦しさを発揮する。それがこの魔法使いの青年の恋人であった。


 それはそれとして、魔法使いたちの攻撃を避けるために、怪物は怪物の方で自らの攻撃のための準備に勤しんでいた。


 悲しいまでに非常識に屈折した首を抱えながら、それでも懸命に砲弾を作ろうとしている。

ありがとうございます!

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