首を繋げる増幅に期待するとする
こんにちは!
「んる、んる、んぬるるるる!!!」かなり気合を込めないといけなかった。
それ程に気合を込めなければ、キンシは自分自身で作ったはずの魔法すらもまともに操作できないのである。
実に殺害以外は意外と言うほどでも無く、論外なまでに苦手意識を持っていた。
なにはともあれ、色々と難しいことはたくさんあったものの、これで一通り準備は整った。
「んる……ぜぇぜぇ……」
キンシは見るからに息切れをしている。喉の奥を鳴らす余裕もなさそうである。
血に飢えた恐ろしき人喰い怪物と七転八倒を繰り広げるよりも、それよりも、命を守る行動を起こすことがどうにもこうにも、魔法少女にとっては苦痛であるらしかった。
とは言うものの、これは仕事である。あるいは勉強でもいいかもしれない。
嫌だだとかどうだとか、個人的な好みで文句を言っている場合ではないのだ。
「ぜぇぜぇ……んぐるるる……」
キンシは魔法の杖で重たい体を支える。
普段ならば、殺す時ならば、魔法を使って羽根よりも軽く、世界の重力を忘れることができるというのに。
それがいまはこんな体たらく。キンシは疲労感のなかで自分自身の内側に石ころを大量に流し込まれているような感覚に陥っていた。
「う……敬い申し上げる……」
手短に呪文を唱えつつ、キンシは自らの手で作成したはずの「水」の檻の姿をもう一度、変更させていた。
決して巧みであるとは言えず、もの悲しいまでに緩慢なる動きにて、キンシは水の姿を二本の巨大な腕へと変容させていた。
最初に首を落としておいて、視界の主たる部分を切り離しておいて良かった。
それについてキンシは無意識に考え、メイの方はハッキリとした言葉のなかで確信を得ている。
さて、最終形態へと移った「水」の腕が怪物の羽根へと触れている。
熱々に茹でられた羽根は、肉体との密着をかなり曖昧なものにしている。
熱によって毛穴は拡張されている。そこへキンシの「腕」が羽を次々と毟り取っていった。
金属のように硬い羽根たちも、魔法でこしらえた偽物の腕ならば痛みも傷も負うことなく抜き取ることができる。
あっという間に怪物の羽根はその大部分を抜き取られ、後に残されたのは烏の肉のように黒い鳥肌だけであった。
「うぐ」
そこまで行為を終えたところで、キンシの集中力が一時的な限界を迎えていた。
武器である魔法の杖、万年筆のような形状をしたそれだけを何とか握りしめたまま。キンシは雨に濡れる地面に跪いている。
「んぐるるる……力が……」
決して魔力が不足しているという訳では無かった。
殺意も依然として温度を保ったままで残り続けている。
ただ、使い慣れていない筋肉を無理矢理に浸かってしまった時のように、経験不足の疲労と痛みが魔法少女の肉体を苛んでいた。
「殺さないのに魔法を使うなんて、なんたる悲劇……」
とんだ殺人狂じみたことを言っているのは、魔法少女の妙に赤さが目立つ濡れた唇であった。
少女の不満点はさておき、本懐を達成しなくては彼女の苦しみも泡と為して消えてしまう。
それは何としてでも避けなくてはならない。
魔法少女の悲しむ姿を見たくない、その一心にてトゥーイがギターを再び斧のように構えている。
その頃合いになって、怪物の方も自分の肉体に自由が取りもどされつつあることに気付いている。
「 ひゅうるるる ふるるるる ひゅうるるる ふるるるる ひゅるるるる 」
破壊された首から空気を吹き出しながら、怪物は千切れかけの首を再生しようとしている。
パキパキパキ、と氷の板が割れるような音のあと、怪物の肉の断面図から新しい「要素」が増殖していた。
植物、あるいは菌糸を持った生き物の成長の様子を二倍速で再生したかのように、肉体の要素たりえる魔力鉱物が存在感を高めていた。
怪物の、この世界に存在している、生きている物が肉体を元の形まで取り戻している。
魔法で人間が殺せないように、怪物もまた心臓と言う核、本質、存在意義を破壊されない限りはその生命に終わりを迎えることなど出来ないのだ。
しかし物語と言うものは終わらないといけない。終わらないものなど、つまらなくて仕方がないのだ。
仮にそんなものが存在したとしたら、それは酷く無価値なものになってしまう。
「でも、楽しければいいと思っているわ」
ぐったりと落ち込んでいるキンシにメイが微笑みかけている。
「だいじょうぶ? キンシちゃん」
メイは翼を使ってキンシに降り注ぐ冷たい雨をさえぎっている。
血に濡れた白い翼。しかしすでに血液はいくらか乾き始め、白色の魔女の肉体は損傷から再生へと移ろうとしている。
それは人喰い怪物が首をくっ付ける行為とさして変わりはないのではないか。
キンシはそう考えようとした。
しかし魔法少女の思考はすぐに現実の前に否定されていく。
「 あああ 」
くっ付いた怪物の首は、魔女の美しい翼とは大きく異なり、元の均衡から大きく逸れてしまっていた。
曲がる首をたずさえながら、怪物が鳴き声を発する。
「 あああ ああああ 」
声は、酷く不揃いなメロディーでしかなかった。
ありがとうございます!




