方法は何度でも生き返るものなのよ
こんにちは。
というのも、メイはこれ以上言葉を「普通」に続けることができなくなっていた。
それは例えば傷の痛みがいよいよ辛くなって、痛くて、たまらなくてこらえきれなくなっただとか、そういう訳でも無い。
むしろ肉体はよろこびに満ちあふれていた。
「うふふ、うふふふ」
くすくすと笑っている。メイがサクランボのように紅く艶やかな唇に笑みの気配を宿している。
最初は微笑みのように薄かったものが、段々と水彩絵の具を足していくように色濃くなっていく。
「あははは! あははは!」
「なにがそんなに面白いというのです?」
キンシにしてみれば、ただひたすらに意味不明でしかなかった。
こっちは真剣に人喰い怪物と戦い、尊い人命を救助しようと努力しているというのに。
努めて取り組んでいることが確実なる結果や成果を獲得しているかどうか、その辺りを追及されてしまうとキンシ自身も何も言えなくなる。
「だめよ、キンシちゃん」
メイがキンシの方にそっと唇を寄せている。
少女の血色の悪い顔と、魔女のほんのりと紅がにじむ柔らかな頬が寄せ合う。
それぞれの唇。キンシの雨に湿ったそれと、メイのしっかりと手入れが行き届いたツヤツヤの口が触れ合うか、触れ合わないか。
メイは寸止めの距離感にて、ほとんど呼吸の気配を感じさせないままにキンシにささやきかけている。
「落ちついて……キンシちゃん。殺すためには、ちゃんと殺すための適切な、処置や、準備が、必要なのよ」
「……と、いいますと?」
キンシからの質問文に、メイはほとんど迷うことなくすぐに答えている。
「なにも特別なことなんて無いのよ。ねえ、キンシちゃん、鳥の屠殺ってどうやるか、どうするか知っているかしら?」
矢をつがえるよりも早くに別の疑問点を与えられた。
キンシは少し考えた後に、魔女の言わんとしている内容をある程度まで、それなりに予測してしまっていた。
「んるるる……?!」
キンシは魔女の姿を見る。猫や蛇が目に抱く黒色と同じように、瞳孔は恐怖によって丸々と拡大されていた。
「まさか、相手は鶏とは違うのですよ?」
魔法少女の黒い真珠のような瞳孔。そこに反射されているのは魔女の紅色の瞳。
「ためしてみる価値はあるんじゃないかしら?」
メイはにっこりと笑っていた。
「ですが……!」
「これ以上迷っていると、ほんとうに人が死ぬわ」
「んぐるるる……」
というわけで、試すことになった。
彼女たちが立ち上がる。
「とにかく、攻撃の手段をうばいたいのよね?」
まだまだ納得が行っていないようなキンシに、メイはたたみかけるような事実確認を行っている。
「はい……このままだと……」
キンシが話そうとしている端で、怪物が再び口の中から砲弾を発射していた。
放たれるさびだらけの弾。勢い硬さと共に、とても攻撃力が高そうな方法である。
しかし狙いは見当違いも甚だしい。
本来狙うべき相手。たとえば魔法少女であったり魔女であったり、魔法使いの青年でもよかったのかもしれない。
いずれにしても人喰い怪物の砲弾は、彼らから六メートル以上離れた場所、丁度よく並んでいた自立型、つまりは地面から生えているタイプのビルの壁に激突していた。
どっこおぉぉぉぉーーーーンンンン!!!!
砲弾を受けた壁が陥没する。破片がバラバラと飛び散り、均等を保っていた壁に崩壊の結果が色濃く残されていく。
金属質な羽根を雑に寄せ集めただけの砲弾が崩壊して、崩れた壁の瓦礫の上にバラバラと散る。
「嗚呼……またしても新たな破壊が……」
生まれ故郷がぼこぼこにされてしまうことが、キンシにはどうにも、どうしようもなく辛いことであるらしかった。
これはもう、迷っている場合ではない。
「とにかく、羽根を全部抜いちゃいましょう!」
キンシは覚悟を決めている。
「メイお嬢さん」
集められるだけの冷静さと理性をかき集めて、キンシはまずメイに要求をしている。
「おそらく僕は魔法を使うことによって冷静さを著しく欠くのでですのでアナウンスをお願い対します」
ほとんど息継ぎをすることなく、さながら念仏のようにキンシは己の不具合さを魔女に主張していた。
「分かったわ」
魔法少女からの一方的な要求を、メイはさして迷うこともなく、すんなりと受け入れているのであった。
「それでは」
キンシは前へと、つまりは恐ろしき人喰い怪物がいる方角へと足を進める。
一歩二歩、三歩めは地面に触れることは無い。
長靴の靴底は雨に清められた地面に触れることなく、黒く湿ったアスファルトの上にキンシの肉体がふんわりと浮かぶ。
狙うは首の上、丸い内臓ひとつ。
キンシは泳ぐように、あるいは望むべく方角に落ちていくように、魔法で空を飛ぶ。
飛んで、水のようになめらかな動作にて、キンシは怪物の顔面にある器官に狙いを定める。
武器を握りしめる。
キンシは自らの左手の中にある銀色と黒色を、いま、この時はペンとしてではなく槍として意識していた。
叫び声を上げて、全身を大きく前進させる。
槍の穂先が怪物の器官に喰らいついた。
ありがとうございます。




