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魔女はワガママなものなのさ

こんにちは。

 しかし魔法使いの少女約一名の恐怖心を尊重している場合ではなかった。

 急ぐ必要がある。一刻も早く、この魔法少女の肉体と意識、こころを安全な場所に運ばなくてはならない。

 メイは白色の翼をバッと展開させる。

 もうすでに、自らの飛行器官に受けた損傷など大した問題ですらなかった。


 肉が千切れるのならばそれでいい、また繋げればいい。

 皮膚が裂けて骨が砕かれるのが、いったいどうしたというのだ? そんなことよりも魔法使いの命、安全と安心を優先させるべきなのだ。

 メイはそう信じていた。信念と言うよりかは、思いこみ、こう考える方が好きだと思えるぐらいの認識でしかない。


 そうであっても、しかしメイは自分自身の肉体にダメージを負わせていることもまた自覚する必要があった。

 なにより血で穢れた翼で魔法少女に触りたくなかった。


 真珠の粒に傷をつけたくない心持ちにて、メイは比較的無事な右側の翼でキンシの体をそっと持ち上げている。


「んるるるぅ」


 先ほどまで剣山のごとき地獄の羽毛布団、もとい怪物の体表に身を切り刻まれていた。

 それとは比べ物……いや、もはや月とスッポンどころの騒ぎではない、世界観そのものが異なるレベルである。


「んるるぅー……異世界転生レベルの心地よさですぅー……」


 戦闘の緊迫感から一時退避をする。

 キンシが生もので、なおかつ紛れもない本物、純度百パーセントな羽毛布団に夢見心地になっている。


「私はどっちかっていうと、異世界転移のほうが好きなのだけれど」


 メイは魔力の翼でキンシの体を、布団を干しにいくような要領にて、エッサホイサと運んでいる。


「…………」


 魔法少女と魔女が安全な距離を獲得できる。

 そうなるまでに、トゥーイは演奏を止めてギターを斧のように構えている。

 琥珀色が美しい表面には、ギター本体を守ることも出来る魔術の様式が明滅している。


 魔術の色と同じような瞳の色。

 トゥーイのアメジストのような左目は、しっかりと怪物の動向を観察し続けていた。


 怪物の方は、まだまだダメージを負ったままでいるらしい。


「 ああ  あああ ああ  あああ ああ  」


 白色の魔女の放った弓矢、白い羽の矢が貫いたのは右側の眼球。

 いかなる存在、異世界から来たれりモノたち、異形、異物。

 そうであったとしても、やはりどうしても、どうしようもなく目や粘膜の攻撃は耐え難い苦痛を伴うらしい。


 怪物がもだえ苦しんでいる、そのあいだに魔法使いたちは次の一手を考えだす必要があった。


「どうしてあんな無茶をしたのよ」


 メイはキンシの体をそっと地面に降ろしながら、叱責をするような言葉を少女に派している。


「ああ……ほら、お手てまで真っ赤になっているわ」


 メイが白くて細い指をキンシの手の平に合わせている。


 雨に濡れた灰笛(はいふえ)の地面の上、固くて冷たいアスファルトの表層。

 キンシはそこに腰かけたままで、白色の魔女の肉の少ない指が触れるのを肌に感じ取っていた。


「痛い」

 

 触られて、はじめてキンシは自分が左の手に大きく裂傷を作っていることに気付いていた。

 理由は何となくだが分かる気がする。

 おそらく怪物の羽毛を引き抜こうとした時、試みの際に負った切り傷なのだろう。


 刃物のように鋭く硬いモノを肉に押し付け、そのままスライドすれば、少女約一名の手の平など簡単に切り裂くことができる。


「僕の傷なんてどうでもいいんですよ」


 キンシは目的を遂行できなかった現実に苦しみを抱いていた。


「早くあの羽根をぜんぶ抜き取ってしまわないと、この町がぼこぼこに破壊されてしまいます」


「別にいいじゃない」


 キンシの不安をメイがあっさり否定していた。


「こんな町、ぜんぶ壊れたってなにもこまらないわ」


「ええ?!」


 もしかしたら冗談を言っているのかもしれない。

 キンシはメイの言葉が信じられなかった。


「で、でで……ですが、町を守るのも大事なお仕事の一つでして……──」


「そんなのは、お城の魔術師にまかせればいいのよ」


 メイはすっぱりと断言している。


「ついでに言えば、彼がこのまま消化されて死んでもかまわないと思っているわ」


 いけしゃあしゃあと、メイは人命の尊さを軽んじていた。


「世界に私とお兄さまと、あとは私とお兄さまに優しくしてくれる人だけが生き残って、あとは全部滅亡、根絶やしにされればいいのに」


「そ……そのような願望を抱いていらっしゃったのですね……」


 天然の羽毛布団の心地よさもそこそこに、キンシは魔女の願望に恐れおののいていた。


「ですが……ですが!」


 奥歯を強く噛みしめて、恐怖心と言う透明な感情の質量を無理矢理に抑え込んでいる。


「僕は……あの人に死んでは欲しくないのですよ」


 自分の願望を優先しようとする。

 メイは魔法少女の姿を、ほんの少しだけ眩しそうにしながら眺めている。


「それじゃあ、あなたはどうしたいのかしら?」


 メイの問いかけにキンシが答える。


「まずは、なによりも、攻撃の手段を奪取(だっしゅ)しなくてはなりません」


「ああ、なるほどね。そのために、砲弾のタネになる羽根を、全部むしりとっちゃおうと……──」


 しかしメイは言葉を雑に中断させている。

ありがとうございます。

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