すてきなリサイタルが開催されるそうですよ
こんにちは。
「ぎゃあああ ぎゃあああ ぎゃあああ あぎぎい あぎいいい あぎぎい あぎぎい」
体にへばり付いている毛じらみのような異物……。もとい、キンシと言う名前の魔法使いの少女が怪物の嘴に捕食されかけている。
安易に喰われてなるものか。命の危険以上に、キンシは自分自身が食べられることで得られる喜びの少なさに恐怖感を覚えている。
握りしめていた羽根から手を離す。キンシの握力から逃れた羽根は、まるで本物の金属のように形状を記憶したまま、存在を世界に固定させていた。
ガチン。怪物の嘴が狙いを外し、虚空のなかで硬い上下を空虚に激突させている。
さてキンシの方は、緊急回避に魔法を使う余裕さえも獲得できていなかった。
ただ哀しく怪物の体表を転げまわる。
ザクザク、ザクザク。柔らかいものが硬いモノに引き裂かれる音がする。
それはキンシの表面が、怪物の硬い羽根たちに傷つけられている、その気配から為る音色であった。
長い袖の上着、黒色を基調とした生地に赤色のラインが映える。
灰笛しようとして、撥水機能を備えている。
大人用のスタジアムジャンパーに、不格好に腕を通している。
そのために他の人(主にメイ)からは、「似合っていないよ」と評されるファッション。
それがいま、なんということだろうか、硬い羽根たちから見事に中身の具、つまりはキンシの皮膚を守っているのである。
布の余分が引き裂かれる。
毛糸が撒き散らされる。
キンシの体が怪物の体表から離れ、地面の上にべしゃりと落ちている。
上半身は上着によって守られてはいる。
なのだか、しかし下半身の方はどうやらそうそう都合よくはいかないようだった。
保湿が行き届いていない指につねられているかのような、そんな不快感。
キンシは違和感のある部分に目線を向ける。
ずたずたに引き裂かれているのは、黒色のサイハイソックスだった。
さすがに長靴下では攻撃から身を守る術を導き出せなかったようだった。
切り裂かれた靴下は、あちこちに電線が走ってしまっている。
これで中身の損失さえなかったら、パンク・ロック風なデザインで気に入られたかもしれない。
そうだったら良かったのにと、本気で願わずにはいられない。
のは、足にいくつも刻みつけられた生傷の痛みを忘れるための逃避行為。ただそれだけのことに過ぎなかった。
「……!」
メイが呼吸の気配を殺している。
弓を放つ。矢の一本は白色の軌跡を描きながら、怪物の左眼球へと的中していた。
「 がぎゃ 」
急所のうちの一つ、剥き出しになっている粘膜を狙撃された。
怪物は瞬間的な痛みに苦しみ、真っ赤に染まる視界のなかでただひたすらに困惑している。
怪物が意識を魔法少女から逸らしている。
そのあいだを矢の先に狙い済ますように、メイは急ぎ体を傷ついた少女のもとへ風のように素早く運んでいた。
「キンシちゃん!」
声のする方にキンシは耳をかたむけて、そしてすぐに音の質量に子猫のような形の黒い聴覚器官をペタリ、と平たくしている。
見上げた先。そこには実に異様な光景が広がっている。
「キンシちゃん!!」
白色の魔女が走ってこちらに向かってきている。
美しい瞳に可愛らしい唇は息遣いが荒い。
幼女単品で見れば、駆け寄るその姿は長かった冬の終わりに芽生えた若い春の訪れを想起させるプリティさである。
……だが、しかし現状はただカワイイだけでは済まされそうになかった。
「キンシちゃん!! だいじょうぶ?!」
怪物の重さからキンシを守るように、メイは腰に展開させた魔力の翼を大きく広げている。
破片が刺さったままであるというのに、白色の魔女はそんなことなどまるでお構いなしであるらしかった。
ブチブチブチ……!
無理やり開こうとした翼の肉が、怪物の硬い破片に引っかかり、そしてそのまま引き破られている。
メイから見て右側の翼はボロボロになり、出来たて熱々の傷口からは真っ赤で新鮮な血液がボタボタとあふれ、こぼれて地面を濡らし続けている。
血まみれの翼を抱える魔女の姿。
そこへさらに、魔女の背後からギターを大音量で掻き鳴らしながら駆ける青年の推進力が迫ってきている。
「…………!!!」
トゥーイもまた鬼気迫る表情をしている。
それは当然の事であって、青年にしてみれば愛しの魔法少女が怪物の羽根にその身を傷つけられたのである。
動揺を通り越して、トゥーイはすでに人喰い怪物に対する憎悪をサグラダ・ファミリアよりも早くに完成させているのであった。
怒りにまかせてギターをかき鳴らす。
メロディーは実に味わい深い。
削岩した黒曜石のように鋭い旋律、しかし同時に苔むした不動の岩石のような重みや深みを聴く者の深層意識、無意識に近しい海の中に確かに累積させる。
そんなこんなで、最たる悲しみと憎しみと怒りに満たされたリサイタルが開演されている。
「ひいいい?!」
異様に血生臭い光景にキンシが悲鳴を上げている。
魔法少女が悲鳴を上げているのを、その理由を青年は気づくことができなかった。
そして魔女の方は、ある程度は恐怖の感情を理解していた。
ありがとうございます。




