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灰これはそれなりに好きな出来事なの

こんにちは。

 優先すべきことがある。それは怪物を殺して人間を助けることだった。

 たった一つの事実を胸に、キンシは自分にできること、可能な事象を探し求める。


「怪物は、現状においてこちら側に関心を示しているようです」


「ええ、そうね」


 キンシの言葉にメイは同意を返す。メイの額には脂汗がじっとりと滲み、皮膚をフワフワとまもるはずの羽毛はベトベトと濡れてしまっている。

 魔力でこしらえた白色の翼からは血液がまだまだ流出の勢いを失わないままに、真っ赤な雫が灰笛(はいふえ)の地面を暗く濡らしている。


「それどころか、なんだか先ほどよりも……僕が誘導用の「水」の弾をぶつけたときよりも、それ以上に興奮しているようですよ……?」


 怪物の様子について、キンシが不可解そうにしている。

 少女の頭部に生えている、子猫のような形の黒い体毛に包まれた聴覚器官がペタリ、と少しだけ平たくなっている。


「たぶんだけど、私のせいね」


 動揺している魔法使いの少女を落ちつかせるつもりで、メイは想定できる内容を言葉にしている。


「私の翼から流れてる血が、怪物さんにはとってもおいしそうに見えるのかしら」


 問いかけるような語尾で仮説の終わりを結ぶのはメイ自身、自分の感覚に確信を導き出せていないからだった。

 だが、それでもメイは考え続ける。


「魔力で作られた翼だもの。そこに含まれている魔力の量は、人間のフツウの肉体よりも濃度が高いものになるはずよ」


「なるほど……」


 キンシがメイの仮説に納得をしつつある。

 魔法少女が新たな認識を頭の中に組み込もうとしている。

 そんなさなかにて、メイは魔法少女に対して申し訳ない気持ちになっている。


「……ごめんなさい、これだとよけいにあなたに危険が及んでしまうわ」


 メイは不安のなかで白色の羽毛をシュン……と、細く小さく縮ませている。


「いえ、いいえ!」


 しかし白色の魔女の意見をキンシは否定していた。


「むしろ彼らがこちらに関心を得ること、食べようとしていること……殺そうと思えば思うほどに、」


 言いかけた言葉をキンシは飲みこむ。

 発しようとしたそれら、怪物に対する殺意のあれやこれやが、実際に文章にするほどにありきたりなものになってしまうような、そんな気がしてならなかったのだ。


 中途半端に言葉を終わらせた。そんなキンシに対して、メイは軽い失望のようなモノを抱いていた。

 ビー玉一個分の絶望だった。

 よりにもよって、小説に夢を抱いているというのに、たかが怪物ごときのために大事な言葉を中断させるとは。


 そうだから、キンシはいまだに本物の「小説家」になれないのである。


 偽物でしかない「小説家」モドキ。

 それらを、それでもメイはこの場面への解決のために、あるいは少女との友好的な関係性を求めるように励ます。

 ただそれだけのことしか出来なかった。


「さあさあ、いらっしゃい」


 キンシは少しだけ姿勢を低くしている。


「手を鳴らしましょうか? それとも足踏みでもしましょうか?」


 怪物に対して語りかけている。

 自分と同じ人間には言葉をためらうというのに、キンシは怪物に……異世界から転生ないし転移等々、とにかくこの世界のモノではない「何者」かに語りかけている。


「あなたが望む物を差し上げましょう」


 嗚呼、これが生きている「普通」の人間であったのならば。メイはそう考えずにはいられない。

 あんな美少女に身を委ねられたら、「普通」の人間ならば(けだもの)の欲望を燃やすのだろう。

 理性は原始の時代へとタイプスリップし、現実は一気にファンタジックな色彩を映えさせる。


 だというのに、そうはならないのは怪物の悲しい(さが)

 彼らにはも性欲はない、セックスないしマスターベーション等々、性器を介した快感は得られない。

 股は彼らに睡眠欲はない、温かい布団でぐっすり眠る肉体、脳の安らぎは許されていない。


「そういえば、怪物さんって眠らないのかしら?」


「そうですよ、彼らは基本的にえぶりでぃ不夜城です」


 なんと!


「じゃあ夜なべして手ぶくろ編みホーダイね」


 メイはすこしだけ人喰い怪物のことがうらやましくなった。

 キンシは、そうは思ってい無いようだった。


「彼らに残されているのは食欲。人間を食べたい、ただそれだけのことなのです」


 キンシは魔法を使う。世界の重力を忘れて、魔法少女の体が月の明かりのようにふんわりと浮かび上がる。


「しかし僕はその願いを叶えることは出来ません」


 人喰い怪物の願い事をキンシが拒否している。


「人間が全部怪物に食べられてしまったら? いったい誰が僕の書いたものを読んでくれるというのです」


 結局のところは自分のことしか考えられない。

 この魔法少女と言うものは、そう言うモノなのであった。


「その気持ち、ちょっとだけ分かるわ」


 メイは三センチの毛糸の分だけ、魔法少女に同意を返す。


「私も、きっとお兄さまが食べられたら、こころの底から怪物さんを憎むことができると思うの」


 たまたまそうなっていないだけに過ぎないのだ。

 どうしようもなく、果てしなく自分のことしか考えられない女どもが、今日も今日とて恐ろしき人喰い怪物を殺すために頑張ろうとしている。

ありがとうございます。

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