灰君にできる事はわたしにはできない
こんにちは。
怪物が叫び声を上げている。それは聞くに堪えない悲鳴で、原因は当然の事ながら魔法使い側にあるのであった。
いついかなる時でも、この世界において、恐ろしき人喰い怪物の存在と安心を脅かすのは魔法使いしかいないのである。
なにはともあれ、しかしながら、禁止やトゥーイなどの魔法使いの作戦は今のところそれなりに上手く進行しているようだった。
ドッスン、ドッスン、ドッスン!
ドードー鳥のような形を模した、錆びついた金属の塊のような姿の怪物がこちらに向かってきている。
魔法のための準備のあれやこれやを行っていた所以で、怪物とキンシ達の距離はそこそこに離れている。
しかし人喰い怪物の方には、すでに約一名の有能なる魔法使いを撃退した攻撃方法を有しているのだ。
「 ぶるるん ぶるるるるるるるるん ああああぶ ぶぶぶ ブルルるん ブルルるん、ぶる」
錆びついたドードー鳥の怪物は首にあたる部分をブルンブルンと震わせている。
赤銅色の嘴が揺れ動き、その間に挟まっている人間の肉から血液の一滴一滴が汚らしく撒き散らされる。
膨らんだ金属の羽根が数枚抜け落ちる。
落ちたそれは、しかし地面と衝突することなく虚空にて固定されていた。
怪物の姿が持つ魔力、魔法や魔術とは大きく異なる、人間と言う目的に特化した方法の一つ。
「 ! 」
怪物は叫び声をあげると同時に、浮遊させていた金属片のような器官、錆びた羽根を砲弾のように発射していた。
錆びついた羽根がほぼ直線に近しい軌跡を描き、真っ直ぐキンシたちのいる場所へ破壊をもたらそうとした。
「きゃ」
メイは自らの安全性を守るために、魔力で構成された白色の羽根を展開させる。
飛び立って、空に、雨雲の近くに逃げることも出来た。
だがメイは迷う、このまま逃げてしまえば、放たれた金属の羽根が魔法使いたちの身を脅かすのではなかろうか。
それはいけない。メイは直感に近しい速度で考える。
魔法使いたちの肉体、健康、魂の安全が害されてはならぬ。魔法を作れる存在を愛するメイにとって、それは自らの親指の爪を爪楊枝でくりぬくよりも苦痛な現実であった。
回避!!!
考えた先から、メイは決意すぐに行動に移していた。
雪の粒がアスファルトの上に降り注ぐような速度のように、メイの体が前へ、キンシやトゥーイの前へと進む。
「お嬢さんっ?!」
まさに錆びた羽根が激突せんとしている場所にて立ちふさがる、メイのちいさな姿にキンシが悲鳴に近い驚愕をさかぶ。
メイはちいさな体に、家の塀のように大きな魔力の翼を展開させる。
右側の翼を壁に、メイは怪物の破片をその身に受けていた。
柔らかい肉が貫かれ、ブチブチと連続体が雑に引き裂かれる音が鳴る、
「う……」
全身を強く打ったような衝撃、電流を流したかのようなショックがメイの意識を瞬間的に支配する。
電気の流れは肉体の本能、現実にて発生した異常事態に対する警報そのものだった。
雷撃が通り過ぎた後、メイの意識に強烈な痛みが豪雨のように降り注いでいた。
「お嬢さん!!」
音楽が止まり、魔法使いたちがメイのもとに駆け寄る。
キンシは顔面蒼白になりながら、槍を杖代わりにしてメイのもとにひざまずいている。
魔法使いの少女が見つめる先、両方の眼窩に収められた肉と偽物の眼球がそれぞれにメイの容体を観察する。
メイの肉体に現れている白色の翼。
鳥の獣人族が持つ身体的特徴の一つ、翼には怪物の肉体から放たれた金属片のようなかけらが貫通してしまっていた。
雪のような純白、ふわふわとした連続のひと塊。
雪の結晶のように繊細なつくりの羽根たちを、怪物の破片がズタズタに引き裂いている。
白色にドクドク、ドクドクと赤い血液がにじんでいく。
雪原へ、手折った椿の花びらを振りまくように、鮮やかな紅が翼を濡らしていった。
白色に赤が染み込んでいく。
キンシはそれを止める方法を知らなかった。
「えっと、えと……! 治癒魔法、を、使わなくては……!」
キンシは急ぎ槍の穂先をメイの翼に向けようとする。
息を吸って、吐いて。
さあ、治癒魔法をこしらえようかと。
「待って!」
そう思ったところにて、メイがキンシの動きを止めている。
「やめて」
「んる?! ど、どどど……どうしてですか?」
魔法を使うことを拒否された、キンシはただただメイの肉体の一部から血が流れ落ちるのを見ているだけしか出来ない。
「キンシちゃん、あなたは治癒の魔法を知らない。……いいえ、あなたはそれをつかうことができないのよ」
メイはキンシのことを観察する。
「魔法にも向き不向きがある。ツナヲさんのようなエキスパートならともかく、あなたはまだ……いいえ、今までだって一度だって一流のしぼりかすにだって到達したことないんだから」
要約すれば「無能が無理するな」ということになる。
魔女に、魔法使いとしての技量をけなされた。
否定された、キンシはしかしてそのこと自体に悲しさや憎悪をおぼえることをしない。
いや、まったく悲しくないだとか、悔しさのかけらも抱いていないと言えば、それはそれで真実とは異なってしまう。
とはいえ、それよりも優先すべき事項が魔法少女には存在しているのだった。
ありがとうございます。




