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歌えば踊れる魔法使いども

こんにちは。

「  あーーー  ああーーー あー  あああああ  あーーーーーー  ああああ  あああ あ 」


 トゥーイの喉元から声、発声練習のような肉声が発せられる。

 呼吸をする。雨に湿る灰笛(はいふえ)の空気が、水分の重さをもってトゥーイの喉の奥、声帯をじっとりと濡らした。

 義爪(ピック)を指の間に握りしめ、まずはひと掻き弦を鳴らす。

 左手ではネックに触れる。ピンと真っ直ぐ張られた弦を指で細やかに操る。


 弦を鳴らすと同時に、トゥーイは適度に開いた唇のあいだから歌声を響かせている。

 季節のことを唄った歌詞。どうしようもないほどに限定された、唯一にしかなれない人生についてを語る。

 愛する誰かのために、限りなく無に等しい人生の希望についてを願う。


 前奏。次に、トゥーイはいよいよ本格的に演奏を開始する。

 メロディーは水のようになめらかで涼やかだった。


 音が空間を鳴らし、周囲に存在している人間たち、主にメイやキンシの聴覚器官を震動させている。


 なかなかにステキな歌ではないか。

 そう思っているのはメイの個人的感想、主観、趣味趣向であった。


「ねえねえ、キンシちゃん」


「ん? どうしましたかメイお嬢さん」


 メイがキンシに質問をする。


「トゥーイの呪いは、つまりのところ、言葉がつかえなっちゃうものなのよね?」


 メイの認識にキンシは同意を返している。


「はい、その通りですよ」


 もののついでと、キンシは左手で自らの左眼窩(がんか)を指し示している。


「呪い……すなわち魔力の大暴走によって身体の機能が一部欠損する。僕の場合は左眼球で、トゥーイさんの場合は言語機能の大部分なのでした」


 過去形で語るのは、すでに魔法使いたちにとっては失った肉体の一部は思い出のひとかけらでしかないことの表れ。

 ……なのかもしれない、と、メイは勝手に予想している。


「トゥーイさんの場合は少し特殊で、言語機能を失う代わりに、歌に魔力を籠める機能を呪いから授かったのですよ」


「つまりは、どういうことなのかしら?」


「ええ、つまりはこういうことです」


 メイの目の前にて、キンシは左手を少し上にかざしている。

 左手には包帯は巻きつけられていない。おそらく事務所等々に立ち寄る際に、外してきたのだろう。


 むき出しの肌、そこには黒色のタトゥーのような色彩の模様が刻み込まれていた。

 植物の(つる)が巻き付いたような曲線に、どこか民族的な印象を持たせる文様。


 キンシの肉体に刻みつけられた呪いの火傷痕。

 それがいま、少女の魔力に反応してその形質を変化させようとしていた。


 黒く沈んでいた色彩が光を帯びる。

 それは能動的に発光しているものではなかった。

 あくまでも受動的、鏡が光を反射するように、キンシの左手は周辺の光景に透けているのだった。


 まるでくすんだ水晶のような、不完全な透明さ。

 完全に何もかもが無くなる訳でも無く、あくまでも肉体の一部分でしかない。


 呪いの集約に魔力が集まる。

 熱病のように鈍い感覚が、キンシの意識に魔法の実感をおぼえさせる。


 実感とは何か? 言葉で説明することは難しい、とすぐにあきらめてしまうのはトゥーイの(さが)

 きっとキンシならば、「んぐるるる……」と喉の奥を低く鳴らして悩みに悩み、そして結局のところはわけの分からない形容詞をつらつらと並べるに違いない。


 そのことを考えると、トゥーイは歌う声にさらに艶が増すのを実感していた。

 事実青年の魔力の質は記録的にも上昇しているのであるが、残念ながらそれを知る(すべ)をこの場面にいる皆は知らないし持ち合わせていないし、なにより興味が無いようだった。


 魔法が使えればそれでいいのだ。

 そしてキンシは魔法を使おうとする。


「すうぅぅぅー……はあぁぁぁー……」


 なにかの劇が始まる前の、静かな吐息は酸素と同時に空気中に含まれている雨、世界の中の魔力を肉体の内、血液の内層に混ぜ込んでいる。


 キンシの左の手の平、まだ人間としての皮膚の不透明さが残っている。

 生命線に何本も横線が走っている、しわたちの上に緑色に透き通る光が灯っていた。


 夏の若葉をちぎりとったかのような、みじかい緑色は瑞々しい。

 光がポウ……と手の平に止まり、パチン、シャボン玉のように小さく静かにはじける。


 緑色に美しい光の粒たちの中心、キンシの手の平に一本の万年筆が発現していた。

 黒色のツルツルとしたボディーに、キラキラと金色にきらめくラインがほんの僅かだが眩しい。

 それはどこにでもありそうな、ありきたりなデザインの万年筆であった。


 ただ少し、見た目的に「普通」と異なっているのは、そのペンには蓋が無いことだった。

 ペン先の薄い金属はむき出しで、櫛溝(くしみぞ)は細やかなインク滲みが丸出しだった。


 蓋の無いペンは、それ自体がキンシにとって一つの魔法の形だった。

 先代のキンシ……「ナナキ・キンシ」から受け継いだ品々のうちの一つ。


 キンシはそれを手の中に、ペン回しの要領でクルクルと回す。


 ペンの両端が空気を撫でる。

 回転と共に、ペンはペン本来の姿を忘れていった。


 またたく間に、キンシの手の平に一振りの槍が現れていた。

ありがとうございます。

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