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舌の上にはあめ玉のような呪い

こんにちは。

 浮かれてしまっていた。と言えば聞こえが良いが、実際はもっと気持ち悪い。

 いや、気持ち悪いという表現ではいささか丁寧が過ぎている。

 もっとこう、キャッチーな言い方があるべきだ。


「トゥ、お顔がキモいわ」


 ニヤニヤと、ニチャアニチャアと、「キモく」笑ってしまっているのを、いち早く、誰よりも早くにメイが敏感に感じ取っている。

 仕方のないことだと、トゥーイは自分自身を納得させようとしている。

 なんてったって、魔法少女にほめられたのである。

 誰だって、どんな奴だって、好きな女に褒めてもらえばサンバダンスのひとつやふたつキ目たくなるものだろう。


 ……もちろん、実際に踊ることなどはしないのだが。

 魔法少女は酷く困窮しているのだし、それに、そう言えば人間一人が命の危機に瀕しているのである。

 トゥーイは仕方なしに溜め息を吐き出す。


 そして魔法を使うために右手を上にかざす。

 ぶっちゃけ気がノらないし、このコンディション、モチベーションは正直最良とは言えない。 

 モチベーションは死んでいる、死にまくっている、死ねー!!! という感じだ。

 あんな(ゴミ)カス糞人間のために魔法を使うなんて、魔法や魔術、その他の魔力を媒介とした魔的行為、それらを(つかさど)るリフレインの天使が黙っちゃいない。


 ……と、トゥーイが個人的な感覚をこころの声の上に並べ立てたところで、しかし魔法少女の意思が変わることなどありえなかった。


「助けなくては!」


 キンシと言う名前の、自らをそう名乗る、父親から受け継いだ名前を守る少女は人間の命を大切に思い続けていた。


 目的は何となく分かる。

 だからこそ、トゥーイは魔法少女のこころを尊重しようとした。


 開いた右手。

 トゥーイはそこに自らの魔力を集中させる。


 アメジストのような紫色の光。

 キラキラときらめく光の後に、一振りのギターが青年の腕の中、この世界に発現していた。


 主に魔法使いが保有する魔力の海、無意識の海原、誰にも見えることのない個人的な空間。

 そこから引きずり出された武器は、現実世界において「レスポールスタンダード」と呼称される高級なギターの姿をとてもよく模している。


 赤みを帯びた琥珀色が美しいフォルムを、トゥーイは今度は正しい使用方法で使おうとしている。

 走る足の動きを止める。

 青年の足が止まるのに合わせて、キンシも若干前につんのめりながら体を停止させる。


 続々と怪物……と、それに食べられかけている人間の姿が遠ざかっていく。

 なんやかんやで時間は惜しい。ちゃんと助けてあげないと、このままでは自分は愛しの魔法少女に嫌われてしまうではないか。


 そんなワガママを思う。魔法少女が自分の事を考えてくれるかもしれない、そのことを仮定する。

 そうすると、トゥーイは胸の内にメロディーが沸々と湧き上がってくるのを感じていた。


 ホルダーを背中に背負い、トゥーイは手動でギターの調律を行う。

 指でペグをくるくる、微調整……微調整……。


「あの……トゥーイさん?」


 キンシがやきもきした様子を見せている。


「早くしてくれませんか? 怪物がどんどん離れていっていますが」


 まあまあ、急いては事をし損じる、だ。

 と、トゥーイは愛しの魔法少女に伝えたかった。


 しかしそれはできなかった。

 何故なら彼の呪いは自由に言葉を作りだすことを許さなかったからだ。

 会話はもちろん、返答さえもままならない。


「トゥ、大丈夫?」


「はい」


 メイはそれでもトゥーイにフツーに話しかける。


「やっぱりあの人のことが心配?」


「いいえ」


 許されている言葉と言えば、結局肉に許可されている合計十にも満たない吐息ばかりであった。


「そう、それは良かったわ、とても良いわね、ステキ」


 メイはまるで愛しの我が子を褒めるように、ふわふわな白色の羽毛に包まれた両手をパチパチと鳴らしている。


「んるる……」


 白色の魔女のゆとりに誘発されるように、キンシもとりあえず呼吸を落ちつかせることにしている。


「…………」


 トゥーイは魔法を使う前に、キンシに向けてそっと耳打ちをしている。

 ひそひそ、ひそひそ、ひそひそ。


 ヒミツの話、ちょっとだけ卑怯な話。


「なるほど、なるほど……」


 しかし人命は助けないといけない。

 そう考えている、強く信じようとしているのはキンシのこころだった。


 どうしてそこまで信じられるのか、理由をトゥーイは知っているし、まだメイは知らなかった。

 あとで聞いてみようと、メイは未来に対する希望のような決定事項を自然と作っている。


 さて、魔法でも使うか。


「……すう……はあ」


 トゥーイは呼吸を整える、そして呪文を唱えた。


「朗読弾奏実験的空間、開始」


 許された言葉のひとつ、呪文を唱えることだけが青年の言葉の限界だった。

 呪文(スペル)を発する、口の中に舌の上へ刻みつけられた呪いの火傷痕が小さく見え隠れしていた。


 義爪(ピック)を握れば、直線に張り巡らされた弦が鳴る。

 震える、魔法で組み立てた音響がギターのエレクトロな音色を空間に響かせた。


 それは歌うように美しく、叫ぶように雄大で、語るように丁寧な音色だった。

 トゥーイは歌をうたう。

ありがとうございます。

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