カエルの魂、無駄にはしない
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「ちょ……待ッ……!」
頭上にきらめく透明な石、攻撃の意思に人間はようやく魔法使いに対する恐怖心を抱いている。
……さらにもっと正しい表現をするとしたら、人間はツナヲと言う老齢の一流の魔法使いに恐れおののいているのであった。
「待つわけないよね」
そうなのである、待つわけがないのである。
ツナヲは右の人差し指をつい、と下に向ける。
透明な石、もはやそれはクリスタル・パレスの一部分が落ちてくるのと同等の重さをもっている。
透明な塊が男の頭蓋骨を、ゴシュッ! と、少しだけ破壊していた。
「げぎゃ」
烏に捕食される畑の蟾蜍に似た鳴き声。
しかし意味合いにおいては鳥の栄養となる尊い生命とは比べ物にならない下劣、無意味、下品な鳴き声でしかない。
ともあれ、ウザくて疎ましくて、悍ましい人間の追撃はそこで停止していた。
「う、動かなくなってしまいました……?」
キンシが説明っぽく状況を言葉にしている。
そうしたがるのは、まだ魔法使いの少女にとってこの有り様が上手く理解できていないからであるらしかった。
「死んだかしら?」
メイもまたすこしばかり驚愕をしている。
しかし驚きはすぐに熱が冷め、次の瞬間にはホットミルクのように暖かで穏やかな喜びの熱が胸の内に灯るのを感じていた。
「いえ、死んだ臭いや音はしません……」
ワクワクしている魔女をたしなめるように、キンシは現状だけで確認できる情報を彼女に伝えている。
「いやー狙いが外れてしまった」
ツナヲがこころの底から残念そうにしている。
「ホントは脳天を破壊したかったんだけど。走りながらだったから前頭骨に狙いがそれちゃったぜ」
「失敗失敗★」と言った感じでツナヲは舌をペロッと唇から少しだけはみ出させている。
「ほわわわわ……っ??!」
それにしても見事な魔法であったと、キンシはツナヲに対する尊敬の念をさらに深めずにはいられないでいる。
「肉体の疲労感をほぼ感じさせない精度の魔力……。走りながら、そんな不安定な基盤で、しかもあんな瞬時にあんなに高濃度の攻撃力を実体化、この世界に存在させるとは……!」
おでこから真っ赤で新鮮な血液をタラリタラリ、しかし瞳はキラキラときらめいている。
血液の赤と瞳の緑色。
血に濡れる目、しかし虹彩の色彩は変わらない。
春の新緑のように鮮やかな緑色。
メイはキンシに治癒魔法を使うために少女の顔に身を寄せる。
そのついでに瞳の美しさに見惚れてしまっていることを、肯定的に自覚せずにはいられないでいた。
醜い人間の気持ち悪い死に方(正確には死んでいないが)。そんなものを見てしまえば、美しいものに現実逃避の一つや二つもしたくなるものである。
「キンシちゃん、いま傷を癒してあげるわ」
キンシはうずくまったままでいるキンシに近づき、白い指をそっと、魔法少女の生傷に触れるか触れないかの距離感まで寄せている。
メイが歌うように呪文を唱える。
「ちちんぷいぷい 私の宝石 愛しの宝石
雨は甘く、夜は安らぎ
濁りも淀みもしこりも痛みも、全て沈むは青い海」
子守唄のように穏やかな歌声、呪文を唱えるとメイの魔力が輝きを放つ。
椿の花弁を散らしたような色合い、リップスティックのように濃密な紅がキンシの皮膚に触れる。
「んるる」
他人の魔力の気配。
自分の肉体に含まれている魔力が持つ治癒能力を呼び覚ます、勧誘する、誘惑の感触にキンシがくすぐったそうにしている。
春の日差しのように暖かな熱。まるで「普通」に傷が治る過程を早送りしたかのように、キンシの額には柔らかな連続体が再生されいた。
「痛みは? どうかしら」
メイは申し訳なさそうに、しずしずと指を魔法少女の額から離している。
「私の魔法では、痛みまで忘れさせることはできないから」
白色の魔女の口惜しさに、キンシが慌てた様子で否定の言葉を贈っている。
「いえいえいえ! 治癒魔法としては、痛みを自覚させることはある種大切な仮定と過程なのですよ」
治ったばかりの傷口が開かんばかりの勢いにて、キンシはメイの指をギュッと握りしめている。
「痛覚とはすなわち肉体本来の治癒能力、防衛機能の表れなのですから。ですから、僕は安易に癒しだけに注目した治癒魔法や治癒魔術は好かんのです」
ただの個人的な好みを、キンシは痛む額を抱えながらメイに主張している。
「そう。ともかく、あまり動かないでね、傷が開いちゃうから」
魔法少女の個人的趣向を受け流しつつ、メイはとりあえず一息入れようとしている。
「ですが」
しかし魔法少女は状況の問題点を無視することができないでいた。
「しかしながら、「彼」はどうしましょう……?」
キンシが心配している内容を、メイはさして時間を必要することもなく、すぐに理解を至らせている。
「ああ」
認知した上で、メイは自らに起こすべき行動を選び終えている。
「あの人なら、うん、そうね、ほうっておけばいいんじゃないかしら?」
メイの意見にツナヲが賛成をしている。
「いいね、じゃあこのままオレたちはお仕事に向かうとしよう!」
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