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見るに堪えない肉の塊

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 …………。一人の未来ある、希望に満ちあふれた若者が世界に新しく作品を生み出そうとしていた。

 才能のきらめきと可能性の誕生の最中、それそろ故郷の塔京(トーキョー)に戻っている頃合い。

 夕方の頃合い、しがない地方都市でしかない灰笛(はいふえ)では、魔法使いたちが逃亡劇を繰り広げているのであった。


「だれかー!! だれかー!!」


 どたばたと走るのはN型(身体になんの動物的特徴も宿していない人間の種類のこと)の若い男。

 彼に追いかけられているのは、合計四名の魔法使いご一行であった。


 だばだばだば、と走る魔法使いの群れの一つ、猫耳を生やした少女がひとりごちるようにしている。


「どうしたんでしょう彼は? お医者様でも探しているのでしょうか?」


「キンシちゃん、ここは急病人があらわれたジェット機のなかじゃないのよ」


 猫耳の魔法少女の、黒くて柔らかい毛髪と体毛に包まれた頭部に、メイと言う名前の魔女が冷静なツッコミを入れてきている。


「ではどうして、僕たちは逃げているのでしょう?」

 

 ほとんど息切れもなく、まるで午後のティータイムにアッサムを嗜む姫君のような優雅さにて、キンシは後方にいるメイに話しかけている。


 老人の肩に身を寄せている、メイがなんてこともなさそうに受け答えをしている。


「それはもちろん、私たちが彼のだいじな、だいじなスマートフォンを破壊したからよ」


「それは……とんでもない重罪ではありませんか!」


 キンシは恐れおののいている。


「このネットワーク社会において、スマートフォンを紛失することは顔の皮を半分削がれることよりもつらい拷問でしょうに!」


「さすがにそこまではいかないと思うわ。せいぜい左右の親指の爪を、フォークでえぐってめくり取るくらいだと思うのだけれど」


「ねえねえ」魔法少女と魔女の会話に老齢の男性が参加してきている。


「逃亡中に拷問の話とか聞きたくねェんだけど」


 メイは素直に、自分の体を肩に抱えてくれている老人に謝罪をする。


「あらツナヲさん、ごめんなさいね」


「まあ、あいつが拷問を受ける姿を想像するのは、なかなかに痛快で楽しいけどね」


 ツナヲは軽快に走る。まるでスケートリンクの上で華麗に舞い踊るフィギュアスケート選手のような軽やかさで、自らの肉体を前へ、前へと運ばせている。


「それにしても、重くはないかしら?」


 メイは人間のことを放置して、自分の体を抱えてくれているツナヲのことを心配している

 さすがに幼女の体では、成人まで育ちやがったクソ人間……もといスマホを破壊された憐れなる彼からの追撃に対応することは困難を極める。


 メイは自分自身の肉体をちいさく呪いながら、魔力の翼を展開させようとした。

 なのだが、しかしメイの行動を「そんなことはさせないよ」とツナヲが否定し、彼女の体を軽々と持ち上げていた。


 という訳であって、メイはツナヲの肩に身をあずけているのであった。


「重いだなんてとんでもない!」


 ツナヲは軽快に走りながら、頭に生えている兎のように長い聴覚器官をサラサラと風になびかせている。


「若い娘さんっていうのは、はたとえ嘘でも自分は羽根のように軽いって思いこまなくちゃいけないんだよ」


「まあ! なんてヒドい固定観念なのかしら」


 メイはツナヲの言葉を茶化すようにしている。


「女なんて、だいたいが重たいのよ」


 「それに私は娘さんって年齢でもないし」と思わずつぶやいているのを、ツナヲは聞かなかったことにしている。


「ですが……」


 老人と魔女のやり取りを聞いていた、キンシが少しだけ後ろ振りかえり、彼らのスタイルを改めて確認している。


「それにしても、どうして某幽霊戦闘マンガに登場する最強妖怪兄弟みたいな格好になっているんですか?」


「あら、そのあたり、そんなに気になることかしら?」


 メイはむしろ凛としたたたずまいにて、ツナヲの肩の上で羽毛をなびかせる。

 

 透明な雨具に身を包む、雨合羽(あまがっぱ)のフードからのぞく白色の羽毛。

 雪のように白く、ミルクのようにまろやかな羽毛や綿毛は彼女の属する鳥の獣人族、その中でもとりわけ幼年時代の身に許された身体的特徴をよく現していた。


「そうですか」キンシはとりあえず、今のところは納得をするしかなかった。


「……ところで」


 そして自分の周りの人間たちに、少しのあいだだけ考えていた事柄を確認する。


「僕たちは一体いつまで、どこまで? 彼から逃げなくてはならないのでしょうか?」


 キンシが後ろを振り返っている。

 後方を確認、魔法少女の右目に息を切らした男の姿が映る。


 息遣いは聞こえなかった。聞こえるほどに距離が詰められてはいないし、同時に向こうもこれ以上のスピードは出せないようだった。


 追いつかれることは無い。とはいえ足の動きを止めたら、相手は確実に自分たちを攻撃しにくるだろう。

 まだそれ位の体力は残っているようだった。


「カメラを粉々にしてしまいましたからね」


 キンシは特に残念がる様子もなく、ただ自分の身に厄介事が振りかかっている原因についてだけを考えていた。


「彼の怒りももっともなのですよ」


 しかしキンシの意見をツナヲが否定する。


「いいや、それは違うね。先に攻撃をしてきたのは彼の方だ」


 ツナヲは前だけを向いている。

 瞳には人間の姿を映さない。

 見たくない、ただそれだけの理由で彼は人間の存在を否定し続けていた。

読んでくださり、ありがとうございました。

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