願い事は叶わなかったなあ
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
「エミルさん、止めないでくれませんか」
ハリがエミルに頼みごとをしている。
「ボクは彼を殺して、情報の大切さをその身を以て証明しなくてはならないのです」
バイオレンスなネットリテラシーを持っているヤツらしく、ハリは実に暴力的で凶悪な方法でミゾレに個人情報の大切さを主張しようとしているらしかった。
殺してしまったら、主義主張の変更やら更新もクソもないのではなかろうか。
俺と同じようなことを、エミルは思考の一部分に持ち合せているらしかった。
「こんなところで、無意味に死体を増やすもんじゃねえよ」
エミルはしかして、ミゾレ個人の命の大切さ以上に、ハリの社会的立場が危うくなることを憂慮しているようだった。
「それに、なんというかこれはオレの直感なんだが……彼を殺すにはいささか時期尚早なきがするぜ」
ハリが少し驚いた風に目を見開き、すぐに呆れるようにまぶたの位置を元に戻している。
「久しぶりの直感ですか、勘のお話ですか。悪いんですけど、ボクたちはいま個人情報の危機にさらされているのですよ」
「そいつは大変だな!」
エミルは以外にもあっさりと魔法使いの主張を受け入れている。
「えっと? この方に個人情報を曝されたと」
「そういうことです。ですよね? ミゾレさん」
「うん、そうだね、そうですよグフフ」
笑っている場合なのだろうか、ホントにもう、色々な意味で。
「ふむふむ?」
命の危機に瀕しているミゾレを見て、エミルが右目を三回ほどゆっくりとまばたきさせている。
薄い肉を上下させるだけの動作である、六秒にも満たない時間だった。
「ああ、君はもしかして、オカピ@HAIFUE0007さんかな?」
んんん??? なんだいまの呪文、新種の魔法か魔術かあるいはそれ以上にすごい業なのか?
想像力がN700S並みの速度で脳内を駆け抜けていった。
目にも止まらぬ速さ。
存在しない風の音が耳の奥で鳴り響き、やがて消えていった。
その後に思いついた、俺は反射的な動作でハーフパンツの腰ポケットからスマホを取りだし、〇の中に「さ」の文字を背負った青い小鳥のアイコンをタップする。
ミルクのように白い画面、墨のように黒い文字は細かい。
虫眼鏡を模したマークの隣の空白に、フリック操作で先ほどの呪文を打ち込む。
俺のスマホ、青色がそれなりに気に入っている電子端末がお呪いの言葉を無言で唱えていた。
「見つけた」
ネットの海、誰も彼もが仮面を被っているもう一つの世界。
俺たちの世界とあまりにも深く繋がりあっている場所。
何もかもが不明瞭なはずの世界で、しかし、名前を知るだけで一つのプライベートを暴くことに成功した。
「わあ」
スマホの画面を勝手にのぞきこんでいるハリがいた。
右斜め後ろ、頭上の辺りからハリの声が雨の雫と同じような重さで落ちてきていた。
「僕たちが映ってますよ。なんですこれ? 小さな映画館ですか?」
「そんな素敵なものじゃねえよ……」
そんなこと言ったら映画館と全ての映画作品に失礼が過ぎる。
……そう言える権利が俺にあるかどうかも怪しいのだが。
ともあれ、俺たちの姿、先ほどバスの内部にて散々繰り広げられていた七転八倒のありさまがソーシャルネットワークサービスに投稿、全世界に公開、拡散されまくってしまったのであった。
「…………」
いやいやいや。
マジかよ……これって結構ヤバくね?
「安心してよお二方」
ミゾレが髪の毛、もみあげの辺りをピコピコと動かしながら、もれなく俺たちのことをなぐさめようとしている。
「ネット上では半分くらいはキミたちのことを賞賛する声が上がっているよ」
もう半分はどうなっているのか、ミゾレはそれに答えることをせずにスマートフォンの画面に視線を釘づけにしていた。
「なあ……ハリ」
「どうしました? ルーフ君」
「やっぱあいつ殺さねえか?」
「おやまあ、奇遇ですね、ボクも同じようなことを考えていたんですよ」
それは知っている。
「待って待って待って!!」
刃を向けられている、ミゾレが再び大きく動揺した素振りを見せている。
「見返り!! 見返りなら用意できるから!!」
何が見返りじゃい、こちとらこの現代魔力社会において金と命の次に大事な個人情報を無断使用されているんじゃい。
ちなみにランキングの一位は金で、個人情報はギリ三位に食い込む。
「見返り」
許すべきではないだろうと、俺は若き魔法使いが怒りにまかせて刃を振りかざし、首の肉へ薙いで、頸動脈の赤い噴出を起こす。
そう言った展開を期待していた。
「見返りですって!!!」
しかし俺の期待は外れることになった。
「何をくれるんですかっ!!!」
蝶々結びのプレゼントをもらった幼児のような喜び具合にて、ハリは刀を持ったままでミゾレの近くに歩み寄っていた。
ミゾレの方は最初こそ「ヒイイ……」と悲鳴を上げていた。
だが。
「えっと、自分スマホで色々と写真を撮っているものでして……」
ミゾレがスマホの画面内に存在している自分自身を紹介する。
その時点ですでに、俺は魔法使いの殺意が錆びついていることを把握せざるを得なかった。
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