ネットリテラシーって大切だな
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「おっとっと、いけないいけない、コイケヤのポテトチップスは美味い! 自己紹介がおくれたね」
お決まりの台詞に塩を小さじ一杯入れた程度のアレンジを加えているのが、なんとも苛立ちを募らせてきやがる。
俺の暗く粘ついた感情とは双極をなすように、デブは自分の名前、固有名詞についてを話している。
「自分の名前はミゾレ。カズアヤ・ミゾレだよ」
見た目の暑苦しさとは裏腹にデブの……。ではなく、ミゾレの名前は冬の季節にピッタリ合いそうな冷たさを含んでいた。
「ミゾレさんですか。これはまたなんとも、素敵なお名前ですね」
ハリがミゾレについてを語っている。
眼鏡の奥の瞳、楕円形のレンズの奥の虹彩がキラリときらめいているところ、社交辞令的社会コミュニケーションの為せる業とも言えそうに無い。
「ところでミゾレさん」
ハリがミゾレの名前を呼んでいる
まるで古くから知っている友人に接するかのような、そんな気軽さであった。
「さきほどの動画は、消してもらわないと。そうでないと、おそらくボクはあなたを切り殺すことになりますが?」
入学半年後の昼休み、友人と一緒に弁当を食べようとするような快さにて、ハリは一般市民と思わしき存在を殺害しようとしていた。
「はい」
ミゾレは反射的に返事をしていた。
「はい?」
しかしすぐに違和感に気付く。
「はヒいいいいいいいッ?!」
言葉と感情と台詞、その他諸々、ミゾレは自分の命に危険が及んでいることを、割かし素早く察していた。
「ほら? あれですよアレ」
ハリは申し訳なさそうに左手を少し上にかざしている。
「ボクってあれなんですよ、君たち若人と違って「個人情報を世界にさらすことは個人自由の死と同義である」って教えられてきた世代ですから」
ずいぶんとまあ、物騒なネットリテラシー教育である。
しかしまあ……まったくもって否定したいほど暴力的、理不尽な意見でも無い。
……と、思うのは俺がまだ魔力主義、インターネット原理社会に慣れていない、時代遅れなヤツだからに過ぎない。のだろうか?
ともあれハリの左手に、まるで夏の太陽の熱戦の下で艶めく紅葉葉楓の葉脈のように鮮やかな緑色のきらめきがキラキラと。
魔力の明滅はすぐに一つの形、一振りの刀へと変身していた
「いひひひひ……ッ!!」
魔法使いが魔法の武器を握りしめているのを見た。
ミゾレはとても、とてつもなく分かりやすく怯えていた。
少しでも、一ミリでも下手をしたら目の前の魔法使いに殺されてしまう。
……いや? たしか魔法では人間は殺せないはずだった。
いやしかし、それでも刀が人間の肉体に及ぼす害意は底知れないものがある。
「まあまあ、落ちつけよ」
これ以上人が死ぬところを見てたまるものかと、俺はハリの動きを止めようとしている。
「スマホで撮られるくらいが何だって言うんだよ。よくあるだろ? なんつうか、その……珍しいもんを見たときに、記念に自分だけの思い出に残しておきたいってやつ」
精一杯の弁護。
「あ、実はさっき撮った写真、全部ネットに上げちゃったんだー」
しかし俺の善意は被告人、つまりはミゾレの手によってミクロレベルまで粉砕されまくっていた。
「早速リツイートやらいいねやらがたっくさん来ててさー。こんなにバズッたの、自分生まれて初めてかもしれないよ」
なんてことしやがるこの野郎! 個人情報の大切さプライベートの尊重秘密主義をケツの穴に捩じりこんでやろうか。
「なるほど」
俺が酷く動揺しているのを眺めながら、ハリはいたって穏やかそうに状況を理解しているようだった。
「実に結構。これは本気で殺さないといけないかもしれませんね」
いや? もしかしたらハリはかなり動揺をしているのかもしれない。
彼もまた心を暴走させている。ただそれを隠すのがたまたまおれよりも少し上手いくらいでしかない。
勝手な想像を置いてけぼりにしたままで、ハリが刀を構えようとしている。
右腕を自分の体、あご、内側を包むように構え、前腕の骨の平行に合わせるように刀を添える。
刃の銀色は外側。
これならいつでも相手の喉笛、頸動脈を切り裂くことができる。
嗚呼…………また血飛沫を、他人の血液を浴びなくてはならないのか。
嫌だなあ、あれ気持ち悪いんだよな
ベタベタするし鉄臭いし、乾けばカピカピになってただの茶色い塊になる。
なにより赤いのが気に入らない。
せめて青色だったらよかったのに。
夢物語を語っているあいだにも、刻一刻と時間は過ぎていて、ミゾレは手の中にスマホを握りしめたままで命の終わりを迎えようとしている。
俺としても、正直なところ魔法使いがどうやって魔法を使わずに、自分の力だけで人間を殺すのか、気にならない訳では無かった。
ミゾレには申し訳ないが、正直こいつが死んだところで俺の人生になんの影響もないような気がしてならないのだ。
「待て待て」
しかし魔法使いの殺意を否定する腕の姿があった。
「エミルさん」
ハリがふと、目の前に現れた友人の姿に、体を満たしていた殺意の気配を薄めている。
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