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貴方のことは嫌いでもなければ好きでもない

 一方魔法といえば、どうにもこうにも、どうしてもそんな風に便利に取り扱うことができないのだ。

 絵を描くことを想像してみて、個人の確立したタッチを真似することは可能だとしても、完全なる模倣がほぼ不可能であるように、魔法はどこまでもオンリーワンで、自由気ままで、そして何より安心や「普通」から最も遠く離れたものなのである。


「あんたって変わってるよな」


「おや? 照れるなあ」


 エミルは魔法陣をゆっくりと展開させながら、唇を三日月のような形にさせて微笑んでいる。


「別にほめたわけじゃないんだが?」


「いやいや、この世界では案外、変わってる方が楽しく過ごせるかもしれないんだぜ?」


 俺の意見をエミルが緩やかに否定している。


「さて、魔法を使うなら魔法使いらしく、呪文でも一発」


 エミルは息を吸って呪文を唱える。


「64 32 8」


 一瞬だけ異国の言葉でも参考にしたものかと、そう思い込みそうになった。

 しかしすぐにそれが勘違いであり、彼はただ数字を鉄の国の言葉に合わせて呟いたに過ぎないことを把握する。


 なぜその数字なのか。

 エミルに問いかけるよりも前に、魔法陣が持ち主の意向に従い、「死体」らしきものに治癒、ないし再生の魔法を発現させていた。

 

 ビリリ、ビリリ、ビリリ。

 電流が流れるような音。そのあとに「死体?」の肉、皮膚の内側から白色の筋がいくつも伸び始めているのが確認できた。


 少し黄色がかった白色の輝きは、「死体……」なのかもしれなかった人間の生命の筋、魔力の集合体であるらしかった。


 魔力の小さな輝きのさき、血管が再生される。

 まるでキノコの成長を二倍速で再生されたかのような、そんな光景が目の前にて、人間の体の重さを持った現実、世界のなかで実現されていた。


 プチュ。

 面皰(ニキビ)を人差し指と親指で潰したかのような、ねばついた、湿った音が鳴る。

 それは肉と肉がくっ付いた気配だった。

 

 中身が連続性を取り戻し、エミルの魔法陣から注入される魔力が失った血液の機能を補っている。

 骨のあいだの滑液が、粘度を持った個人の魔力の再生能力、肉体組み込まれた形状の設計図に従って元の形を取り戻す。


 ペタペタと、皮膚が少しの余分をもってくっ付いた。

 薄いケロイドのような傷あとの後に、繋がった器官が呼吸をしている。


「ガヒュー!!」


 「死体」。…………いや、もうすでにただの生きている人間でしかない、男が担架の上から不思議そうにエミルと、そして俺の方を見上げていた。


「…………」


 大量の魔力の気配、においは新鮮な林檎ととてもよく似た香りを持っている。

 俺は口の中に唾液が溢れるのを、閉じた唇の奥で液体を何度も喉の奥、胃の中へと押し込んでいる。


 ぐうぐう、俺の腹が鳴った。内臓だけは、食欲だけはどうにも自分の意思だけで制御することは出来ない。


「なんだッ??」


 担架の上の男が怯えている。


「怪物か?!」


 怪物だったら、いっそどれだけよかっただろう。

 俺は男に向けて文句を言いたくなる。

 だが言わなかった。


 …………。


「何を言うかが礼儀正しさで、何を言わないかが品性なんだよ」


 担架に乗せられた男、他人が運ばれていくのをぼんやりと眺めながら、ぼうとした意識のなかで古い言葉を呟いている。


「おや、ずいぶんと大人びたことを言うんだね」


 エミルが「とりあえずクソ高い茶で場を濁そう」という先人の知恵を目の当たりにしたかのような、そんな関心と感心を俺に向けてきていた。


「爺さんの言葉と、あとは……大体俺のオリジナルアレンジ風味、だな」


 俺は少しだけうなずき、まぶたを閉じて過去の時間を思い出す。

 そしてすぐに目を開けて、気にすべき事項を隣の若い魔術師に質問していた。


「なあ」


「ん? どうしたよルーフ」


「あいつって、ちゃんと首を切られて死んだはずなんだよな?」


 どんな質問文なのだ、中世の処刑ショーを楽しむモブキャラじゃあるまいし。

 俺は俺自身にツッコミを入れている。


 そうしている間に、俺の疑問点に答える他人の声が発せられていた。


「怪物は人間を殺すことは出来ないのですよ」


 俺は視線を左側、後ろに立つ若い、エミルと同じくらいの外見年齢の魔法使いのことを見ている。


「ハリ」


 エミルが魔法使いの名前を呼んでいた。


「おーおー! なんつうか、その……久しぶりだな」


 エミルは見るからにコメントに困っているようだった。

 別に相手に苦手意識を持っているだとかではなさそうだし、ましてや親の仇よりも憎悪しているという訳では無い。


「うん、うん? 元気そうで何より!」


 ただ単に欠ける言葉が無い。他人と言えるほどに無関係でも無く、かと言って掛け替えのない特別ということでも無い。

 とりあえず知っているだけの間柄、そんな感じだった。


「エミルさん……」


 決していわゆる所の塩対応という訳では無い。

 だとしても、ハリはエミルの見当違いに早くも呆れの様なものを抱いているらしかった。


「これが元気に見えますか……。僕はいま、怪しい集団の熱狂的な信徒と大乱闘を起こしてきたばかりなのですよ」


「あー、うん、そういやそうだったな」


 エミルはさして重要な問題ではないと、そう思っているようだった。

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