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このМPはマジックポイントのМPではないことは確かだ

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 右手の変形。


              ばっっっきゃあぁぁヴぁああああああん!!!

 およそ人間の肉体から発せられる音とは、とてもじゃないが思えない。


「ぎゃあ??!」


 聞き慣れないし、ぜったいに人間の肉体から発せられてはいけないと、勝手に想定したくなる音。

 工事現場の騒音じみた音が、雨が降りしきる灰笛(はいふえ)の雫たちに吸いこまれていく。


 変化は主にエミルの手首から発生しているようだった。

 手首を一周する傷が生じている。しかし皮膚の下には赤い肉や血管、白色の内膜、紅色の筋肉を纏う乳白色の骨などは存在していない。

 もちろん、真っ赤な血液も滴り落ちない。

 そこにあるのは灰色の金属質だけだった。


 亀裂は規則的に続く。

 中手骨(ちゅうしゅこつ)が親指と合わせて五本、それぞれ分裂をする。

 ネイルアートのサンプルのような並びで、五本の骨ごと手の甲に細い溝が四つ作成された。


 分裂した骨の先端、指に繋がる果てまでもが人間離れをしている。

 片手五本の指をそれぞれ説明するのは手間なので、とりあえず人差し指だけ。


 本来ならば肉と骨の正しい、「普通」の連続体にて繋がりあっているはずの部分。

 基節骨(きせつこつ)は完全にただの結束部分と成り果てている。

 骨が本来あるべき長さから、一種異形ともとれる距離を獲得している。


 そして基節骨から中節骨(ちゅうせつこつ)、MP関節から指先に掛けては、もはや筆舌に尽くし難い異常さである。

 まるでゴキブリから二本の足をもぎ取り、小指ほどの大きさまで拡大させてくっ付けたかのような。

 二本の足のようなそれは、間違いなくエミルの持つ右手……右の義足を構成する一部分でしかない。


 その証拠として、細やかな指はエミルの意思に従ってカサコソと蠢いている。

 指先に二本。片手に指が五本あるとして五掛ける二。合計十本の足が活動を起こそうとしていた。


「じゃじゃーん、どうよ?」


 エミルがニコニコと、実にニコニコと自分の右手、右手の代わりを担う義手を自慢してきている。


「片手一本で両手分の活動ができる、超便利!!!」


「いや、超キモいんだがッ??!」

 

 まるで一個隊の謎の生き物、巨大な百足やゲジゲジを自室の壁に見つけてしまったかのような、そんな唐突さ。

 いきなりの姿が、俺に反射的な恐怖をおぼえさせ鳥肌を立たせている。


「これなら片手だけ、十分で四百字詰めの原稿用紙にイカした短編小説をこしらえることができるね」


 エミルはひとしきりニヤついた後に、おそらく少しだけ満足したのだろう、笑みの気配をふと収めている。


「さて、始めるか」


 変形させた右の義足を「死体」の上にかざす。

 首と頭蓋骨、それぞれの切断図に十個に増えた指先を近付ける。


 しゅるん、しゅるるるん。

 空気が通り抜ける気配がした。青色の光が「死体」の上に灯る。


 変形した義足の足たちの先端が、切断された頭蓋骨と胴体の境い目に触れている。

 指先、昆虫の肢のように細くか弱く見える。

 とても人間の肉の重さに耐えることなど出来そうにない。


 そう思っていた、だが灰色の金属で造られた指先は意外なる耐久力を以て頭蓋骨と胴体を、さながら付き合いたてのカップルのように寄り添わせている。


 とりあえず合わせたところで、別の指先たちが肉を小さく、細かくつついている。

 

 トトトトトト、トトトトトト、トトトトトト。

 偽物の指先が触れる。触れた端から小さな魔法陣がいくつも形成されていた。


  魔法陣は合計三つほどだった。

 エミルの魔法陣は目が覚めるような青色をもっている。


 俺は自分の脳内、意識の中、こころの内層に懐かしい光景を思い出していた。

 日照権と呼ばれる権利。太陽の光を浴びながら、新鮮な緑の植物に囲まれ、四季を心行くまで楽しむことができる土地。

 現代における鉄の国(彼らが暮らしている国家、文化圏のこと。かつては黒髪が多かった。ちなみに味噌がおいしい)において、太陽の下でぽかぽかと暮らせるのは特権階級、金持ちだけに許されている特別だった。


 …………そう思うようになったのは、考えられるようになったのは、実をいうと最近になってからなのである。

 それまで俺は、故郷の村に暮らしていた時には、皆が皆一様に太陽の下で笑いあえると、割かし本気で信じていた。


 「普通」だと思っていたことが普通じゃないことに気付くたびに、どうしてこうも悲しい気持ちになるのだろうか。

 失敬、ちょっと感傷的になってしまった。


 というのも、エミルの右腕、義足から発現されている魔法陣の青色があまりにも鮮烈で、キラキラときらめいて、実に美しい者であったから。

 だから少しポエティックな気分になってしまうのだろう。うん、そういうことにしとこう。


 恥ずかしさをごまかすついでに、俺はエミルの右手に輝く魔法陣を細かく観察する。

 燐灰石アパタイトのような水色の輝きの向こう側、魔法陣は細やかな円形の重なり合いによって構築されている。

 精密な幾何学模様は何かしらの設計図を想起させる。


 事実、目的においては、それは魔術のように決められた内容を正しく実行するための方法の一つでもあった。

 例えば数分前まで俺とハリが乗っていたバスに組み込まれた飛行用魔術式のように、一度方法さえ確立すれば、だれでも安心して利用することが可能となる。


 だがそれは魔術だけに限定されている機能でしかなかった。

読んでくださり、ありがとうございました。

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